2008年05月
2008年05月27日
iTunesには、歌詞を取り込む機能がある。
だが、その機能はあまり使われていないだろう。
「情報を見る」のメニューから入ると、歌詞のタブがある。そこの窓に、歌詞をテキスト入力すればいいことになっている。しかし、たくさんの楽曲の歌詞を、いちいち自分で入力するのは、大変な作業だ。
アルバムジャケットについては、iTunesで入手可能なものは自動でダウンロードしてくれるが、歌詞については対応していない。
私が買うCDは、iTunes storeにはないものが多いので、ジャケットはスキャナーで取り込んで貼り付けている。
音楽を聴いていて、ときに歌詞が気になることがある。
どういう歌詞なのか、聞き取れなかったりするからだ。
そこで、歌詞を自動でダウンロードするプラグインがないかと探してみると……
あるじゃないか(^_^)
「Lyrics Master」というのが、それ。
フリーソフトなのもありがたい。
Lyrics Masterは、iTunesとの連携ができるようになっているので、歌詞のダウンロードが半自動化できる。
対応している歌詞のダウンロードサイトも多いので、すべてのサイトにチェックマークを入れておけば、ヒット率も上がる。
作動させたときの画面は以下。

右のウインドウに歌詞が表示され、左のウインドウに検索結果が表示される。
歌詞を探したい楽曲を再生状態にして、Lyrics Masterを起動し、「検索」ボタンを押す。すると、ヒットした曲が左のウインドウにリストされる。タイトルが同じ楽曲、もしくは同じ単語が含まれる楽曲が並ぶので、該当するものを選ぶ。リスト内に、歌詞の冒頭が表示されるので、わかりやすくなっている。
「iTunesとの連携」と「連携設定モード」をチェックしていると、選択したものを確定すると、次の曲に自動的に移行し、検索を再開する。
あとは、そのくり返し。
たいていの曲は歌詞がヒットするが、ときにはヒットしない場合もある。タイトルにサブタイトルやバージョンコメントがついていたりすると、ヒットしないようだ。タイトルをシンプルにするとヒットする場合がある。それでもヒットしない場合は、ダウンロードサイトに歌詞が存在しないということになる。
なお、歌詞がヒットしない場合は、次の曲に移行する。
さて、歌詞のダウンロードはできたが、それを見るためには「情報を見る」で表示させないと見ることができない。
これでは面倒だし、面白くない。
簡単に表示する方法はないのか?……と探していて、見つけたのが、
「Jacket」というプラグイン。
これはMAC版しかないようなので、Windowsユーザーにはゴメン(^_^;
表示するとこんな感じで、ジャケットを表示して、そこに歌詞を一緒に表示してくれる。歌詞を表示させるには、Jacket画面でLキーを押す。
曲が変わると、その曲のアートワークを表示して、歌詞も表示してくれる。もともとはアートワークを表示するプラグインのようだが、歌詞を表示できることが他のプラグインにはない特徴となっている。
せっかくある「歌詞」の機能を活かすには、この2つのプラグインはなかなか便利である。
だが、その機能はあまり使われていないだろう。
「情報を見る」のメニューから入ると、歌詞のタブがある。そこの窓に、歌詞をテキスト入力すればいいことになっている。しかし、たくさんの楽曲の歌詞を、いちいち自分で入力するのは、大変な作業だ。
アルバムジャケットについては、iTunesで入手可能なものは自動でダウンロードしてくれるが、歌詞については対応していない。
私が買うCDは、iTunes storeにはないものが多いので、ジャケットはスキャナーで取り込んで貼り付けている。
音楽を聴いていて、ときに歌詞が気になることがある。
どういう歌詞なのか、聞き取れなかったりするからだ。
そこで、歌詞を自動でダウンロードするプラグインがないかと探してみると……
あるじゃないか(^_^)
「Lyrics Master」というのが、それ。
フリーソフトなのもありがたい。
Lyrics Masterは、iTunesとの連携ができるようになっているので、歌詞のダウンロードが半自動化できる。
対応している歌詞のダウンロードサイトも多いので、すべてのサイトにチェックマークを入れておけば、ヒット率も上がる。
作動させたときの画面は以下。

右のウインドウに歌詞が表示され、左のウインドウに検索結果が表示される。
歌詞を探したい楽曲を再生状態にして、Lyrics Masterを起動し、「検索」ボタンを押す。すると、ヒットした曲が左のウインドウにリストされる。タイトルが同じ楽曲、もしくは同じ単語が含まれる楽曲が並ぶので、該当するものを選ぶ。リスト内に、歌詞の冒頭が表示されるので、わかりやすくなっている。
「iTunesとの連携」と「連携設定モード」をチェックしていると、選択したものを確定すると、次の曲に自動的に移行し、検索を再開する。
あとは、そのくり返し。
たいていの曲は歌詞がヒットするが、ときにはヒットしない場合もある。タイトルにサブタイトルやバージョンコメントがついていたりすると、ヒットしないようだ。タイトルをシンプルにするとヒットする場合がある。それでもヒットしない場合は、ダウンロードサイトに歌詞が存在しないということになる。
なお、歌詞がヒットしない場合は、次の曲に移行する。
さて、歌詞のダウンロードはできたが、それを見るためには「情報を見る」で表示させないと見ることができない。
これでは面倒だし、面白くない。
簡単に表示する方法はないのか?……と探していて、見つけたのが、
「Jacket」というプラグイン。
これはMAC版しかないようなので、Windowsユーザーにはゴメン(^_^;
表示するとこんな感じで、ジャケットを表示して、そこに歌詞を一緒に表示してくれる。歌詞を表示させるには、Jacket画面でLキーを押す。曲が変わると、その曲のアートワークを表示して、歌詞も表示してくれる。もともとはアートワークを表示するプラグインのようだが、歌詞を表示できることが他のプラグインにはない特徴となっている。
せっかくある「歌詞」の機能を活かすには、この2つのプラグインはなかなか便利である。
(14:40)
2008年05月24日
アニメやゲームは、なにかと批判されてきた。
これは今に始まったことではなく、かつて私が子供の頃は、マンガやテレビが青少年に好ましくないと批判されてきた。
最近では、インターネットに氾濫する情報も批判の対象に加わった。
なんでもありなのは問題だが、なんでも規制するのも問題だろう。
線引きは必要だが、線引きの根拠が明確である必要がある。
しかし、誰がその線引きをするのかで、評価は大きく変わる。
えてして、線引きは漠然としたイメージで行われ、根拠は曖昧だ。
そんな記事。
「エロゲーで人間性失う」 規制求め請願 円議員の掲示板に批判数百件 - ITmedia News
記事から読み取れることは、「エロゲー=性犯罪」という図式だ。
議員の発言を全部書いているわけではないから、誤解があるかもしれないが、エロゲーが性犯罪の元凶であるといっていることは間違いないようだ。
重要なのは、現実にエロゲーが性犯罪を誘発しているかどうかの根拠を示すことだ。
具体的な数字として、エロゲーをする人間が何人いて、そのうち何人が性犯罪を起こしたという、因果関係を特定することだ。
記事中に
とあるが、そのすべてがエロゲーのユーザーなのか?
おそらく、エロゲーをしたことのあるユーザーは、数万人〜数十万人はいると思う。(ゲームの販売数の参考資料)そのくらいいないと、エロゲーでも商売にはならないだろう。それに対して、事件数が少なすぎはしないか?
エロゲーやアダルトアニメが諸悪の根源で、「エロゲーで人間性失う」という論理で語るなら、数万人規模で犯罪が起きていないと理屈に合わない。
そもそもエロとはなにか?……という基準も問題だ。裸が出てくるだけでエロなのか? 下着が見えたらエロなのか? それを言い出したら、テレビドラマでもエッチなシーンは当たり前のように出てくるし、それらもエロには違いない。
「エロかわいい」なんていう言葉も流行ったりしたが、倖田來未もエロなのか?
事件が報道されるとき、それがあたかも社会の風潮であるかのように、誇張された印象で扱われる。最近の若者は……、最近の子供達は……と、数件の似たような事件が発生すると、それがすべての青少年に起きているかのような錯覚に陥る。
硫化水素自殺にしても、テレビで大きく取り上げなければ、これほど広がることはなかったかもしない。インターネットにその情報があったとしても、そんな情報があることを教えたのはマスメディアだろう。
つい先日は、農薬のクロロピクリンを使った自殺で、病院の医師や患者が巻き添えになった事件があった。そのときのNHKのニュースでは、使われた農薬を紹介し、どういう効果があるのかと、丁寧に説明していた。
これでは、自殺や殺害に使えるレシピを教えているようなものだ。模倣犯を助長しているとしか思えない。
「エロゲーで人間性失う」というのと、似たような記事が他にもある。
世界的に事件や騒ぎを引き起こす『デスノート』、映画が米国で公開 | WIRED VISION
監督がいうように、滑稽な話だ。
デスノートよりも過激な殺人の映画はくさるほどあるし、現実の殺人で最たるものは戦争である。
アメリカはイラクで大量殺人……もはや虐殺といっていいほどの人々を殺している。
asahi.com:イラク死者「推定65万人」 米など研究グループが統計 - イラク情勢特集
一握りの異常者による殺人よりも、はるかに異常である。その異常な殺人を、国家が公然と行っているのだ。問題にするべきはフィクションの殺人ではなく、現実の戦争の方だ。
「エロゲーで人間性失う」
この言葉は、迷言だ。
そもそも「人間性」とはなにか?
エロのない……性欲のない人間が、人間性が優れた人間なのか?
議員は潔癖性なのだろう。性欲やセックスが汚いものだと思っているのだろうか?
つきつめていけば、エロゲーが悪い→エロゲーを禁止→エロそのものが悪い→エロをすべて排除→性に興味を持たせるのが悪い→性に関する情報を封印→性欲を持つのが悪い→男女が一緒にいるのが悪い→男女を隔離→男の性欲をなくすために去勢しろ→性欲を司る脳の部位を切除しろ……と、理想の人間性を実現するまで突き進むのか? 脳の一部を切除するロボトミー手術は、かつてアメリカで更正手段として実際に行われていた。
議員の人間性が、いかほどのものなのか、問いたいところだ。
これは今に始まったことではなく、かつて私が子供の頃は、マンガやテレビが青少年に好ましくないと批判されてきた。
最近では、インターネットに氾濫する情報も批判の対象に加わった。
なんでもありなのは問題だが、なんでも規制するのも問題だろう。
線引きは必要だが、線引きの根拠が明確である必要がある。
しかし、誰がその線引きをするのかで、評価は大きく変わる。
えてして、線引きは漠然としたイメージで行われ、根拠は曖昧だ。
そんな記事。
「エロゲーで人間性失う」 規制求め請願 円議員の掲示板に批判数百件 - ITmedia News
円議員らが提出したのは「美少女アダルトアニメ雑誌とゲームの製造・販売の規制法制定に関する請願」で、「街中に氾濫(はんらん)している美少女アダルトアニメ雑誌やゲームは、小学生の少女をイメージしているものが多く、このようなゲームに誘われた青少年の多くは知らず知らずのうちに心を破壊され、人間性を失っており、既に幼い少女が連れ去られ殺害される事件が起きている」と指摘。「幼い少女たちを危険に晒(さら)す社会をつくり出していることは明らかで、表現の自由以前の問題である。社会倫理を持ち合わせていない企業利潤追求のみのために、幼い少女を危険に晒している商品を規制するため、罰則を伴った法律の制定を急ぐ必要がある」と、罰則をともなう法規制を求めている。
記事から読み取れることは、「エロゲー=性犯罪」という図式だ。
議員の発言を全部書いているわけではないから、誤解があるかもしれないが、エロゲーが性犯罪の元凶であるといっていることは間違いないようだ。
重要なのは、現実にエロゲーが性犯罪を誘発しているかどうかの根拠を示すことだ。
具体的な数字として、エロゲーをする人間が何人いて、そのうち何人が性犯罪を起こしたという、因果関係を特定することだ。
記事中に
平成19年に摘発した児童虐待事件は前年比1%増の300件、わいせつな画像を撮影されるなどの児童ポルノ事件の被害に遭った児童(18歳未満)は同20.2%増の304人
とあるが、そのすべてがエロゲーのユーザーなのか?
おそらく、エロゲーをしたことのあるユーザーは、数万人〜数十万人はいると思う。(ゲームの販売数の参考資料)そのくらいいないと、エロゲーでも商売にはならないだろう。それに対して、事件数が少なすぎはしないか?
エロゲーやアダルトアニメが諸悪の根源で、「エロゲーで人間性失う」という論理で語るなら、数万人規模で犯罪が起きていないと理屈に合わない。
そもそもエロとはなにか?……という基準も問題だ。裸が出てくるだけでエロなのか? 下着が見えたらエロなのか? それを言い出したら、テレビドラマでもエッチなシーンは当たり前のように出てくるし、それらもエロには違いない。
「エロかわいい」なんていう言葉も流行ったりしたが、倖田來未もエロなのか?
事件が報道されるとき、それがあたかも社会の風潮であるかのように、誇張された印象で扱われる。最近の若者は……、最近の子供達は……と、数件の似たような事件が発生すると、それがすべての青少年に起きているかのような錯覚に陥る。
硫化水素自殺にしても、テレビで大きく取り上げなければ、これほど広がることはなかったかもしない。インターネットにその情報があったとしても、そんな情報があることを教えたのはマスメディアだろう。
つい先日は、農薬のクロロピクリンを使った自殺で、病院の医師や患者が巻き添えになった事件があった。そのときのNHKのニュースでは、使われた農薬を紹介し、どういう効果があるのかと、丁寧に説明していた。
これでは、自殺や殺害に使えるレシピを教えているようなものだ。模倣犯を助長しているとしか思えない。
「エロゲーで人間性失う」というのと、似たような記事が他にもある。
世界的に事件や騒ぎを引き起こす『デスノート』、映画が米国で公開 | WIRED VISION
金子監督は、作品をめぐって論争が起きているのは滑稽だと思う、と述べている。
「この映画を観るのを防げば子どもたちが良くなるのなら、なぜ、すべての悪いニュースを見せないようにしないのだろうか?」と金子監督は述べている。
監督がいうように、滑稽な話だ。
デスノートよりも過激な殺人の映画はくさるほどあるし、現実の殺人で最たるものは戦争である。
アメリカはイラクで大量殺人……もはや虐殺といっていいほどの人々を殺している。
asahi.com:イラク死者「推定65万人」 米など研究グループが統計 - イラク情勢特集
03年3月のイラク戦争開戦から今年6月までの紛争によるイラク人の死者数は、約65万5000人に達する
一握りの異常者による殺人よりも、はるかに異常である。その異常な殺人を、国家が公然と行っているのだ。問題にするべきはフィクションの殺人ではなく、現実の戦争の方だ。
「エロゲーで人間性失う」
この言葉は、迷言だ。
そもそも「人間性」とはなにか?
エロのない……性欲のない人間が、人間性が優れた人間なのか?
議員は潔癖性なのだろう。性欲やセックスが汚いものだと思っているのだろうか?
つきつめていけば、エロゲーが悪い→エロゲーを禁止→エロそのものが悪い→エロをすべて排除→性に興味を持たせるのが悪い→性に関する情報を封印→性欲を持つのが悪い→男女が一緒にいるのが悪い→男女を隔離→男の性欲をなくすために去勢しろ→性欲を司る脳の部位を切除しろ……と、理想の人間性を実現するまで突き進むのか? 脳の一部を切除するロボトミー手術は、かつてアメリカで更正手段として実際に行われていた。
議員の人間性が、いかほどのものなのか、問いたいところだ。
(09:09)
iTunesの音質は、パソコンのオーディオアンプの特性に左右される。
だが、オーディオに特化したオーディオ・コンポに比べれば、貧弱なのは当然だ。テレビチューナー付きのパソコンなども発売されているが、音質を重視したオーディオ・パソコンというのは見あたらない。
オーディオ・コンポにパソコンと接続できる端子を装備したものは出ているが、使い勝手という点からみると、いまいち疑問符だ。
iTunesはパソコン1台で、他のパソコン作業をしつつ音楽も聴けるのが最大のメリットなのだ。
iTunesをいい音質で聴くためには、ヘッドホンを良いものにするだけでは限界がある。もとになるソースの音源が貧弱であれば、ヘッドホンで再生できる音も貧弱になるからだ。
機械的なアンプはどうしようもないので、それをアプリケーションで処理する……というのが残された手段。
iTunesにはイコライザとして、音質をある程度コントロールできる機能が備わっている。だが、それをどういじくっても、劇的に音質がよくなるわけではない。
そこで、なにかいいものはないかと探していて見つけたのが……
SRS iWOW という、iTunesのプラグインソフトだった。
シェアウェアのソフトだが、体験版があるのでダウンロードして使ってみた。
すげ〜! 音がぜんぜん違う!
まさに劇的な変化だった。
音質の向上だけではなく、サラウンド効果もあって音像が立体的になる。高音域の伸びが良くなり、中低音域もメリハリの効いたパンチのあるものになった。さらに、埋もれていたボーカルが際だつようになった
貧弱なオーディオ回路が、ソフトでこれほど変わるとは思わなかった。
これは絶対にオススメだ。
SRS iWOWを起動すると、以下のような画面になる。(クリックで拡大)

いくつかのプリセットがあるので、音楽に合わせて試してみるといい。
細かい調整もできるが、プリセットでいい感じに調整されている。
コントロール画面は、やや大きすぎて邪魔なのだが、右半分は隠すことができる。
隠したのが次の画像。

通常はこのパネルだけで十分だ。
ちなみに、サンプル画像に私のiTunesのプレイリストが出ているので、なにを聴いているのかわかると思う(^^)。
表示しているのはアニメ関係の楽曲だが、ロック関係にはけっこうヘビーなリストが並んでいる。
持っているCDの約7割は海外のロックで、3割が日本の楽曲だ。
ともあれ、SRS iWOWを導入することで、iTunesがまともなオーディオ機器になること請け合い!
ぜひ、試してほしい。
だが、オーディオに特化したオーディオ・コンポに比べれば、貧弱なのは当然だ。テレビチューナー付きのパソコンなども発売されているが、音質を重視したオーディオ・パソコンというのは見あたらない。
オーディオ・コンポにパソコンと接続できる端子を装備したものは出ているが、使い勝手という点からみると、いまいち疑問符だ。
iTunesはパソコン1台で、他のパソコン作業をしつつ音楽も聴けるのが最大のメリットなのだ。
iTunesをいい音質で聴くためには、ヘッドホンを良いものにするだけでは限界がある。もとになるソースの音源が貧弱であれば、ヘッドホンで再生できる音も貧弱になるからだ。
機械的なアンプはどうしようもないので、それをアプリケーションで処理する……というのが残された手段。
iTunesにはイコライザとして、音質をある程度コントロールできる機能が備わっている。だが、それをどういじくっても、劇的に音質がよくなるわけではない。
そこで、なにかいいものはないかと探していて見つけたのが……
SRS iWOW という、iTunesのプラグインソフトだった。
シェアウェアのソフトだが、体験版があるのでダウンロードして使ってみた。
すげ〜! 音がぜんぜん違う!
まさに劇的な変化だった。
音質の向上だけではなく、サラウンド効果もあって音像が立体的になる。高音域の伸びが良くなり、中低音域もメリハリの効いたパンチのあるものになった。さらに、埋もれていたボーカルが際だつようになった
貧弱なオーディオ回路が、ソフトでこれほど変わるとは思わなかった。
これは絶対にオススメだ。
SRS iWOWを起動すると、以下のような画面になる。(クリックで拡大)

いくつかのプリセットがあるので、音楽に合わせて試してみるといい。
細かい調整もできるが、プリセットでいい感じに調整されている。
コントロール画面は、やや大きすぎて邪魔なのだが、右半分は隠すことができる。
隠したのが次の画像。

通常はこのパネルだけで十分だ。
ちなみに、サンプル画像に私のiTunesのプレイリストが出ているので、なにを聴いているのかわかると思う(^^)。
表示しているのはアニメ関係の楽曲だが、ロック関係にはけっこうヘビーなリストが並んでいる。
持っているCDの約7割は海外のロックで、3割が日本の楽曲だ。
ともあれ、SRS iWOWを導入することで、iTunesがまともなオーディオ機器になること請け合い!
ぜひ、試してほしい。
(00:49)
2008年05月22日
最近は、音楽を聴くときにはiTunesがメインになった。
メインマシンとして使っているMac Mini(intel)が、パソコンであると同時に音楽再生マシンとなっている。
従来からのオーディオ・コンポもあるが、ほとんど使わなくなってしまった。
音質的には、コンポでCDを直に再生する方がいいことはわかっている。
だが、iTunesの便利さに慣れてしまうと、CDをいちいち取り替えて聴くというコンポの使い勝手の悪さが大きな障害になった。
マンション住まいということもあって、音はもっぱらヘッドホンで聴く。だから、ヘッドホンの音にはこだわってきた。とはいえ、使い勝手も重要で、コード付きの有線ヘッドホンだと、動ける範囲が制限されてしまうし、音楽を聴きながら作業をするのにもコードが邪魔になってしまう。
自宅にいるときは、多くの時間をヘッドホンをして、音楽を聴きながら過ごしている。中学生の時以来、Rockに目覚めてから、ずっとながら族だった。音楽がないと落ち着かない。
ワイヤレス・ヘッドホンは、赤外線が主流だった頃から、いろいろな機種を使ってきた。しかし、赤外線は障害物のない見通しでしか使えない。コードが体に絡みつかないというメリットはあっても、隣の部屋への移動はできない。
数年前から無線方式のヘッドホンが登場した。
最初に出したのはソニーだったと思うが、新製品ニュースを見て、速攻で予約注文した。(SONY ワイヤレス ステレオヘッドホンシステム MDR-RF5000K)
SONY ワイヤレス ステレオヘッドホンシステム MDR-RF5000K
これを使うようになって、自室から台所あるいはトイレまでヘッドホンをしたまま移動できるようになった。ただし、有効距離はカタログデータよりも短く、部屋の壁を2つ以上またぐと信号が途切れがちになる。電波出力の問題だろうが、もう少しパワーアップしてほしいものだ。
これが発売された頃は、今ほどiTunesが世間を席巻していなかった。そのため、USB端子がなく、基本的にコンポに接続して使用することが前提となっていた。
最近、新しいワイヤレス・ヘッドホンを購入した。
それが「RATOC Wireless Digital Headphone REX-WHP1PX」だ。
これも新製品ニュースを見て、即予約注文(^_^)
このモデルは数量限定ということなので、欲しい人は早めに注文した方がいい。ラトックのサイトから直販されている。
前出のソニーのMDR-RF5000Kが40mmドライバーユニットであるのに対して、ラトックのREX-WHP1PXは53mmドライバーユニットで一回り大きく、音質的にも中低音域の迫力で勝っている。
そして、送信機にUSB端子があるので、パソコンに直接つなぐことができる。送信機の電力もUSB供給なので、電源の心配がない。
ただ、難を言えば、ヘッドホン本体の充電器が差し込み式なので、ソニーのように置くだけの手軽さに比べるとスマートじゃない。
音はヘッドホンを代えるだけで、ずいぶんと変わる。
これはiPodのイヤホンにもいえることだが、音作りは各メーカー、各機種で驚くほど違っている。いろいろ試し聴きしてから選ぶといいが、店頭で試聴してもあまり参考にならない。自宅の環境とは違うため、比較ができないのだ。
REX-WHP1PXも商品が到着して、最初に聴いたときは……
「うっ、音がやたらと硬い!」と思ったが、スピーカーやヘッドホンは、ある程度の時間鳴らして、音を馴染ませる必要がある(エージングという)。
1週間ほど使った頃に、音も落ち着いてきて、今ではかなり快適な音になった。
やはり大口径のドライバーユニットなので、ロック系のベースやドラムの低音域の迫力が出てくる。
もうひとつ難を言えば、ソニーのに比べて、電波の到達距離が壁によってかなり影響を受ける。それもそのはずで、ソニーが見通し距離30mなのに対して、ラトックは10mになっている。出力が3分の1ということだろう。
ともあれ、iTunes環境でのワイヤレス・ヘッドホンとしては、REX-WHP1PXは価格的にも手頃で、ベストな選択ではないかと思う。
……と、パイオニアが新しいワイヤレス・ヘッドホンを出すというニュースが……。
しかも、価格が4万円くらい。どんな音なんだろう?
いい音への欲求はつきないので、買いたくなってしまう(^_^;
メインマシンとして使っているMac Mini(intel)が、パソコンであると同時に音楽再生マシンとなっている。
従来からのオーディオ・コンポもあるが、ほとんど使わなくなってしまった。
音質的には、コンポでCDを直に再生する方がいいことはわかっている。
だが、iTunesの便利さに慣れてしまうと、CDをいちいち取り替えて聴くというコンポの使い勝手の悪さが大きな障害になった。
マンション住まいということもあって、音はもっぱらヘッドホンで聴く。だから、ヘッドホンの音にはこだわってきた。とはいえ、使い勝手も重要で、コード付きの有線ヘッドホンだと、動ける範囲が制限されてしまうし、音楽を聴きながら作業をするのにもコードが邪魔になってしまう。
自宅にいるときは、多くの時間をヘッドホンをして、音楽を聴きながら過ごしている。中学生の時以来、Rockに目覚めてから、ずっとながら族だった。音楽がないと落ち着かない。
ワイヤレス・ヘッドホンは、赤外線が主流だった頃から、いろいろな機種を使ってきた。しかし、赤外線は障害物のない見通しでしか使えない。コードが体に絡みつかないというメリットはあっても、隣の部屋への移動はできない。
数年前から無線方式のヘッドホンが登場した。
最初に出したのはソニーだったと思うが、新製品ニュースを見て、速攻で予約注文した。(SONY ワイヤレス ステレオヘッドホンシステム MDR-RF5000K)
SONY ワイヤレス ステレオヘッドホンシステム MDR-RF5000Kこれを使うようになって、自室から台所あるいはトイレまでヘッドホンをしたまま移動できるようになった。ただし、有効距離はカタログデータよりも短く、部屋の壁を2つ以上またぐと信号が途切れがちになる。電波出力の問題だろうが、もう少しパワーアップしてほしいものだ。
これが発売された頃は、今ほどiTunesが世間を席巻していなかった。そのため、USB端子がなく、基本的にコンポに接続して使用することが前提となっていた。
最近、新しいワイヤレス・ヘッドホンを購入した。
それが「RATOC Wireless Digital Headphone REX-WHP1PX」だ。
これも新製品ニュースを見て、即予約注文(^_^)
このモデルは数量限定ということなので、欲しい人は早めに注文した方がいい。ラトックのサイトから直販されている。
前出のソニーのMDR-RF5000Kが40mmドライバーユニットであるのに対して、ラトックのREX-WHP1PXは53mmドライバーユニットで一回り大きく、音質的にも中低音域の迫力で勝っている。
そして、送信機にUSB端子があるので、パソコンに直接つなぐことができる。送信機の電力もUSB供給なので、電源の心配がない。
ただ、難を言えば、ヘッドホン本体の充電器が差し込み式なので、ソニーのように置くだけの手軽さに比べるとスマートじゃない。
音はヘッドホンを代えるだけで、ずいぶんと変わる。
これはiPodのイヤホンにもいえることだが、音作りは各メーカー、各機種で驚くほど違っている。いろいろ試し聴きしてから選ぶといいが、店頭で試聴してもあまり参考にならない。自宅の環境とは違うため、比較ができないのだ。
REX-WHP1PXも商品が到着して、最初に聴いたときは……
「うっ、音がやたらと硬い!」と思ったが、スピーカーやヘッドホンは、ある程度の時間鳴らして、音を馴染ませる必要がある(エージングという)。
1週間ほど使った頃に、音も落ち着いてきて、今ではかなり快適な音になった。
やはり大口径のドライバーユニットなので、ロック系のベースやドラムの低音域の迫力が出てくる。
もうひとつ難を言えば、ソニーのに比べて、電波の到達距離が壁によってかなり影響を受ける。それもそのはずで、ソニーが見通し距離30mなのに対して、ラトックは10mになっている。出力が3分の1ということだろう。
ともあれ、iTunes環境でのワイヤレス・ヘッドホンとしては、REX-WHP1PXは価格的にも手頃で、ベストな選択ではないかと思う。
……と、パイオニアが新しいワイヤレス・ヘッドホンを出すというニュースが……。
しかも、価格が4万円くらい。どんな音なんだろう?
いい音への欲求はつきないので、買いたくなってしまう(^_^;
(17:41)
2008年05月19日
都会は、猫にとって住みにくい環境になってきたようだ。
「最近、野良猫をあまりみかけないね」と、ある友人がいった。
うちの近所でも、以前ほど野良猫は見かけなくなったが、いないわけではない。
その第一の条件は「食べ物」があることだ。
環境問題のこともあって、ゴミの分別が厳しくなり、むやみにゴミを出す人が少なくなった。そのことは街の環境美化にはいいことなのだが、残飯をあさる猫たちには食料源が少なくなったことを意味する。
野良猫たちは食料をどこから調達するかといえば、野良猫の世話をするボランティアの人たちが、重要な供給源になっているのだ。
うちの近所にも、そういう世話好きの人がいて、餌をくれる場所に野良猫たちが集まってくる。
そんな野良猫に関する記事。
憂楽帳:猫のいない街 - 毎日jp(毎日新聞)
短い記事なので、全文を引用した。
記事にもあるように、野良猫に寛容になれない街は、人に対しても寛容になれない街だろうと思う。動物虐待事件が起きるような街では、必ずといっていいほど凶悪な事件も起きている。
野良猫は自由だ……といった比喩もされるが、現在の野良猫たちの環境は、美化するほど自由ともいえない。
野良猫の平均的な寿命は、3.5年といわれている。
食料が少なく栄養失調の猫が多く、猫の不治の病である猫白血病や猫エイズなどの病気も蔓延しているし、交通事故も多い。
適切な環境の飼い猫であれば、10〜12年は生きられるが、野良猫たちは短命なのだ。それが「自由」の引き替えである。
また、猫よけペットボトルをいまだに置いている人がいることにも驚く。
まったく意味がないものであり、そこに住む人の無知とバカさ加減を露呈しているだけだ。
うちの最寄り駅の駅前通りでは、猫をキャラクターとして、イベントをやったりしている。だが、野良猫が住みやすい街かというと、そうともいえないのが現状だろう。
「最近、野良猫をあまりみかけないね」と、ある友人がいった。
うちの近所でも、以前ほど野良猫は見かけなくなったが、いないわけではない。
その第一の条件は「食べ物」があることだ。
環境問題のこともあって、ゴミの分別が厳しくなり、むやみにゴミを出す人が少なくなった。そのことは街の環境美化にはいいことなのだが、残飯をあさる猫たちには食料源が少なくなったことを意味する。
野良猫たちは食料をどこから調達するかといえば、野良猫の世話をするボランティアの人たちが、重要な供給源になっているのだ。
うちの近所にも、そういう世話好きの人がいて、餌をくれる場所に野良猫たちが集まってくる。
そんな野良猫に関する記事。
憂楽帳:猫のいない街 - 毎日jp(毎日新聞)
憂楽帳:猫のいない街
先日、仕事のあと会社近くで同僚と軽く食事をし、終電の時刻も過ぎていたので30分あまりかけて歩いて帰宅したときのこと。途中、10坪にも満たない小さな公園で猫が2匹、じゃれ合っているのが見えた。民家はほとんどない地域だが、近くに飼い主か猫好きの人が住んでいるのだろう。
最近、雑誌などの街歩きの特集で、「路地に猫の姿が多い」ことを魅力の一つに挙げるケースが増えているようだ。一方、鳴き声がうるさいとか悪臭をもたらすなどの理由で猫を嫌う人も少なくない。しかし個人的には、大声で話しながら道を歩く若者や夜中に騒ぐ酔っ払いと違い、猫のすることは大目に見てやりたいと思う。
地域によっては、家ごとに犬や猫よけのペットボトルが置いてあって、猫にはすみにくいだろうなあと感じる街もある。住民の側にも言い分はあるのだろうが、歩いていて何とも寂しい。
大げさに言えば、猫のいない街は、他者にどこまで寛容になれるのか、私たち人間に無言で問いかけているような気がする。【関岡潮】
短い記事なので、全文を引用した。
記事にもあるように、野良猫に寛容になれない街は、人に対しても寛容になれない街だろうと思う。動物虐待事件が起きるような街では、必ずといっていいほど凶悪な事件も起きている。
野良猫は自由だ……といった比喩もされるが、現在の野良猫たちの環境は、美化するほど自由ともいえない。
野良猫の平均的な寿命は、3.5年といわれている。
食料が少なく栄養失調の猫が多く、猫の不治の病である猫白血病や猫エイズなどの病気も蔓延しているし、交通事故も多い。
適切な環境の飼い猫であれば、10〜12年は生きられるが、野良猫たちは短命なのだ。それが「自由」の引き替えである。
また、猫よけペットボトルをいまだに置いている人がいることにも驚く。
まったく意味がないものであり、そこに住む人の無知とバカさ加減を露呈しているだけだ。
うちの最寄り駅の駅前通りでは、猫をキャラクターとして、イベントをやったりしている。だが、野良猫が住みやすい街かというと、そうともいえないのが現状だろう。
(11:18)
2008年05月16日
今朝書いていたことに関連する記事を読んだ。
話題の「メタボリックシンドローム」についてだ。
私も年齢的な代謝の衰えには勝てず、内臓脂肪が猫2匹分くらいある(^_^;
メタボな体型になってしまった。ただ、身長も高いので、縦横比の錯覚から得しているところはある。
メタボリックシンドローム〜ダイエットへの近道 - ビジネススタイル - nikkei BPnet
ということで、面白い記事なのでリンク先で全文を読んでほしい。
さて、今朝、1日1食だと書いたが、カロリーで試算しても、1日1000kcalを超えることは少ないと思う。もともと肉よりも魚が好きなので、カロリーは少なめだろう。2食のときは、昼にパンを2つ3つ食べるから、約800kcal増える。しかし、昼を食べるのは、週に1度くらいなのだ。
だから、1600kcalも食べることは、外食で焼き肉屋に行くときくらいである。
食事でカロリーの取りすぎということはないと思う。
※食品ごとのカロリーの試算ができるサイト→摂取カロリー計算
では、なぜ痩せないかというと、やっぱり運動不足なんだろう。
パソコンを使ったデスクワークで、1日中イスに座ってるし、休みの日もパソコンやビデオでかじりついてるから、身体を動かすことがない。
学生時代にはテニスをやっていたし、20代に田舎の会社に勤めていた頃は野球チームを作っていたりしたのだが……。
隣駅にある、できたばかりのスポーツジムの会員になってもいるが、めったに行く機会がない。
それと、記事にあるようなバランスの取れた食事というのは、じつは食費が高く付いてしまう。野菜はけっこう高いしね。
食生活の質を高めるには、やっぱり経済的な余裕が必要なんだよね。
話題の「メタボリックシンドローム」についてだ。
私も年齢的な代謝の衰えには勝てず、内臓脂肪が猫2匹分くらいある(^_^;
メタボな体型になってしまった。ただ、身長も高いので、縦横比の錯覚から得しているところはある。
メタボリックシンドローム〜ダイエットへの近道 - ビジネススタイル - nikkei BPnet
・カロリーを意識する
あまり決めすぎると、がんじがらめになるので、長続きはしない。
カロリーは、20〜25点=1600〜2000キロカロリーを一日分として、ダイエットを心がけると、徐々に体重が低下してくるので、きつくなければ、それを続けることになる。たとえば、ご飯をお茶碗で軽く盛ってしまうと1点である。魚は半分で1点。牛乳はコップ1杯で1点。こうして、一日に20点。万遍なく取るにはどうするかを意識するのだ。
ということで、面白い記事なのでリンク先で全文を読んでほしい。
さて、今朝、1日1食だと書いたが、カロリーで試算しても、1日1000kcalを超えることは少ないと思う。もともと肉よりも魚が好きなので、カロリーは少なめだろう。2食のときは、昼にパンを2つ3つ食べるから、約800kcal増える。しかし、昼を食べるのは、週に1度くらいなのだ。
だから、1600kcalも食べることは、外食で焼き肉屋に行くときくらいである。
食事でカロリーの取りすぎということはないと思う。
※食品ごとのカロリーの試算ができるサイト→摂取カロリー計算
では、なぜ痩せないかというと、やっぱり運動不足なんだろう。
パソコンを使ったデスクワークで、1日中イスに座ってるし、休みの日もパソコンやビデオでかじりついてるから、身体を動かすことがない。
学生時代にはテニスをやっていたし、20代に田舎の会社に勤めていた頃は野球チームを作っていたりしたのだが……。
隣駅にある、できたばかりのスポーツジムの会員になってもいるが、めったに行く機会がない。
それと、記事にあるようなバランスの取れた食事というのは、じつは食費が高く付いてしまう。野菜はけっこう高いしね。
食生活の質を高めるには、やっぱり経済的な余裕が必要なんだよね。
(14:27)
私は基本的に、1日1食の食生活になっている(^^;)
理想体重よりも10kオーバーではあるが、別にダイエットしているわけではない。
1日1食ないし2食というのは、なかば習慣化しているので、さほど苦にはならない。
もちろん、腹はへる(^^;)
昼過ぎになると「腹へった……」と思うこともあるが、それも一時的なことで午後3時を回る頃には、どうでもよくなってしまう。
食費を節約しているというのが大きな理由だが、早い話、貧乏なのだ(^^)。
世帯の平均年収は、約600万円だそうだ。
つまり、それくらいあれば「中流」ということだろう。
うちは私と妻の二人だけだが、二人の収入を足しても平均には届かない。ということは、うちは低所得層になる。
それでも、子供がいる家庭に比べれば生活にかかる費用は少ないので、まだましだろう。
うちでは、生活にかかる費用の役割分担はあるものの、財布の管理は別々である。
私の収入のうち、約半分は住宅ローンに消えるので、手元からスルーだ。
光熱費、通信費(電話、携帯など)で5万。
趣味のための出費として、パソコン関係(周辺機器、ソフトなど)、iPod関係(音楽CDなど)、書籍などで5万くらいは使っている。パソコン関係は、ときどき修理やソフトのバージョンアップで大きな出費を必要とすることがあるので、10万を超えることもある。
猫関係に必要な、猫の餌代、トイレ周りの用品、病院代などは、妻の受け持ちになっている。猫の頭数が多いので、月に少なくとも1度は病院に行くことになる。1回の診療・治療代は、目安として1万円はかかる。複数回行くとなると、それだけ費用もかさむことになる。
そして、自宅で食べる食費(おもに夕食)は、私が負担している。
その食費に使えるのは、せいぜい5〜6万。
単純に日割りすると、1666〜2000円。
なので、目標として1日の食費を1000円に抑えるようにしている。つまり、昼飯に外食する余裕はないのだ(^^;)。昼を外食すると、軽く1000円はかかってしまう。それでは晩飯が食えなくなってしまう。
たまには、妻と一緒に外食でまともな食事をしたいから、極力1日の食費は抑えている。
晩飯は、米は炊いて、おかずは私が料理するか、総菜を買ってくることになる。ちなみに、料理をするのは私で、妻は料理はしない……というか、たいしたことはできない(^^)。腕の力がなくて、フライパンを片手で持てないし、肌が熱に過敏で、ちょっとしたことで火傷してしまう。洗い物をさせれば、洗剤で肌がかぶれてしまうから、台所仕事には不向きなのだ。
材料を買ってきて料理する方が安くつくような印象があるが、必ずしもそうではない。2人分のおかずに必要な材料だと、けっこう割高になってしまう。毎日料理できるわけではないので、材料をたくさん買っても使い切れなくて無駄になってしまうからだ。
ある日の夕食のメニューはこんな感じ。
●ご飯……2人で3合
●カレイの煮付け(1人2切)
●明太子
これで、だいたい1200円(2人分)くらいの食費だ。寂しい食事だし、栄養バランスも滅茶苦茶だ(^^;)。ビタミン類はサプリを飲んでるけどね。
カロリーベースで試算すると、約800kcal。
1日に必要なカロリーは、私の場合、2021kcalということらしい。
計算できるページはこちら→あなたに必要な1日のカロリーは?
朝は、バナナを食べていくことが多いから、1本分80kcalを足しても、880kcal。
間食はまったくしないので、必要量の半分以下。
それでも痩せないから不思議だ(^^;)。いや、今以上に太らないから、それなりのダイエットにはなってるということか?
毎日寂しい食事ではつまらないので、週に一度は妻と一緒に外食する。
妻は肉が大好きなので、たいていは焼き肉。牛角に行くと、だいたい5000円。6日を1200円/日で済ませば、週に1万2200円で、なんとか月の予算内で食費が足りる計算だ。
まぁ、貧乏生活はアニメーター時代に最低の生活をしていたから、それに比べればずいぶんとマシである。
慣れればなんとかなるものだ。
なにより、大好きな猫たちと生活できているし、趣味のバソコンと映画・アニメと音楽を楽しめるから、精神的には満たされているのだ。
理想体重よりも10kオーバーではあるが、別にダイエットしているわけではない。
1日1食ないし2食というのは、なかば習慣化しているので、さほど苦にはならない。
もちろん、腹はへる(^^;)
昼過ぎになると「腹へった……」と思うこともあるが、それも一時的なことで午後3時を回る頃には、どうでもよくなってしまう。
食費を節約しているというのが大きな理由だが、早い話、貧乏なのだ(^^)。
世帯の平均年収は、約600万円だそうだ。
つまり、それくらいあれば「中流」ということだろう。
うちは私と妻の二人だけだが、二人の収入を足しても平均には届かない。ということは、うちは低所得層になる。
それでも、子供がいる家庭に比べれば生活にかかる費用は少ないので、まだましだろう。
うちでは、生活にかかる費用の役割分担はあるものの、財布の管理は別々である。
私の収入のうち、約半分は住宅ローンに消えるので、手元からスルーだ。
光熱費、通信費(電話、携帯など)で5万。
趣味のための出費として、パソコン関係(周辺機器、ソフトなど)、iPod関係(音楽CDなど)、書籍などで5万くらいは使っている。パソコン関係は、ときどき修理やソフトのバージョンアップで大きな出費を必要とすることがあるので、10万を超えることもある。
猫関係に必要な、猫の餌代、トイレ周りの用品、病院代などは、妻の受け持ちになっている。猫の頭数が多いので、月に少なくとも1度は病院に行くことになる。1回の診療・治療代は、目安として1万円はかかる。複数回行くとなると、それだけ費用もかさむことになる。
そして、自宅で食べる食費(おもに夕食)は、私が負担している。
その食費に使えるのは、せいぜい5〜6万。
単純に日割りすると、1666〜2000円。
なので、目標として1日の食費を1000円に抑えるようにしている。つまり、昼飯に外食する余裕はないのだ(^^;)。昼を外食すると、軽く1000円はかかってしまう。それでは晩飯が食えなくなってしまう。
たまには、妻と一緒に外食でまともな食事をしたいから、極力1日の食費は抑えている。
晩飯は、米は炊いて、おかずは私が料理するか、総菜を買ってくることになる。ちなみに、料理をするのは私で、妻は料理はしない……というか、たいしたことはできない(^^)。腕の力がなくて、フライパンを片手で持てないし、肌が熱に過敏で、ちょっとしたことで火傷してしまう。洗い物をさせれば、洗剤で肌がかぶれてしまうから、台所仕事には不向きなのだ。
材料を買ってきて料理する方が安くつくような印象があるが、必ずしもそうではない。2人分のおかずに必要な材料だと、けっこう割高になってしまう。毎日料理できるわけではないので、材料をたくさん買っても使い切れなくて無駄になってしまうからだ。
ある日の夕食のメニューはこんな感じ。
●ご飯……2人で3合
●カレイの煮付け(1人2切)
●明太子
これで、だいたい1200円(2人分)くらいの食費だ。寂しい食事だし、栄養バランスも滅茶苦茶だ(^^;)。ビタミン類はサプリを飲んでるけどね。
カロリーベースで試算すると、約800kcal。
1日に必要なカロリーは、私の場合、2021kcalということらしい。
計算できるページはこちら→あなたに必要な1日のカロリーは?
朝は、バナナを食べていくことが多いから、1本分80kcalを足しても、880kcal。
間食はまったくしないので、必要量の半分以下。
それでも痩せないから不思議だ(^^;)。いや、今以上に太らないから、それなりのダイエットにはなってるということか?
毎日寂しい食事ではつまらないので、週に一度は妻と一緒に外食する。
妻は肉が大好きなので、たいていは焼き肉。牛角に行くと、だいたい5000円。6日を1200円/日で済ませば、週に1万2200円で、なんとか月の予算内で食費が足りる計算だ。
まぁ、貧乏生活はアニメーター時代に最低の生活をしていたから、それに比べればずいぶんとマシである。
慣れればなんとかなるものだ。
なにより、大好きな猫たちと生活できているし、趣味のバソコンと映画・アニメと音楽を楽しめるから、精神的には満たされているのだ。
(08:16)
2008年05月09日
アニメがらみで「猫」と「記憶」の話。
先シーズンに放映されていたアニメの、『ef - a tale of memories』
ef - a tale of memories 先日書いた「true tears」と同様に、学園を舞台とした恋愛ものだった。キャラクターの設定で、特異な状況が背景としてあるのも、「true tears」に似ていた。
また、「true tears」で「絵本」が重要な役割を果たしたように、『ef - a tale of memories』では、作中のキャラクターが書く「小説」が心理的な情景を象徴するものとなっていた。
こうした「劇中劇」的な手法は、わりとよく使われる。うまく使えば、物語の伏線として効果的になる。
『ef - a tale of memories』の原作はPCゲームということだが、ゲームの方は18禁のソフトなエロゲーに属する。しかし、アニメの方はエッチな要素は抑えられ、純愛ものに近いストーリー展開だった。
物語は、2人の少年……紘(ひろ)と蓮治(れんじ)を軸とした、2つの視点から2つの展開がされていく。キャラクターの接点はあるが、2つの物語が同時進行していく形だ。
その蓮治サイドに登場する少女「千尋」が、この作品のイメージを決定づけているといってもいいだろう。
千尋は新しい記憶が13時間しか持続しないという設定になっていた。
半日前の記憶は消えてしまうので、日記帳に記憶を書き留めていた。13時間後にリセットされると、記憶障害になる以前の状態に戻ってしまう。
半日前、1日前、1週間前に自分がなにをしていたか?……というのは、じつのところ厳密に記憶していることは希だろう。
記憶は機械的な記録メディアのように、情報を正確に記録しているわけではない。ある手掛かりから関連するイメージを、思い出したときに再構築するのが記憶だ。つまり、思い出すたびにイメージを書き直しているわけで、時間の経過とともに記憶は変化していく。
人間は「過去」「現在」「未来」という、時間の時系列を認識できるので、記憶を時系列で整理して覚えていられる。
だが、猫にはそんな能力というか意識はない。
時系列で考えるというのは、論理的な思考である。猫はそんな思考はしない。
「猫は三歩歩いたら忘れる」ともいうが、猫たちにも記憶はある。ただ、その記憶に「時間」の概念がないだけだ。
猫たちの生きる世界は、「現在」だけの世界だろう。
記憶はあっても、それが「過去」という認識はしていないはずだ。あることを覚えていても、それは現在のその時点での有効な知恵としての記憶であり、過去という引き出しから出してきたものではない。
昨日のことは覚えていなくても、水がどこにあるか、トイレがどこにあるか、食べ物がどこにあるかはわかる。
私たちのことは覚えていて、帰宅すれば喜んで迎えてくれる。しかし、昨日いっしょに遊んだことなどは覚えてはいないだろう。猫たちにとって、私たちはいっしょに遊んでくれる相手であり、いっしょに寝る相手であり、ご飯をくれる相手であり……と、過去の経験から学んだ記憶が、今現在の行動に反映されているにすぎない。時系列で整理される記憶ではなく、ごちゃごちゃになった記憶が必要なときに行動を決定をする条件になっている……ということだと思う。
人は「整理された記憶」によって、人格を形成したり、周囲との関わりを認識する。それは継続される社会性を求めているからだ。
猫のように生きるのであれば、新しい記憶が13時間しか保たなくても問題はない。
千尋が記憶が消えてしまうことに絶望を感じてしまうのは、人であるがゆえの社会性を必要としているからだ。
『ef - a tale of memories』の物語は、救いのある結末で終える。
千尋の記憶障害が治ることはないかもしれないが、彼女の存在は観た人たちの記憶に鮮明に刻まれることは確かだろう。
先シーズンに放映されていたアニメの、『ef - a tale of memories』
ef - a tale of memories 先日書いた「true tears」と同様に、学園を舞台とした恋愛ものだった。キャラクターの設定で、特異な状況が背景としてあるのも、「true tears」に似ていた。また、「true tears」で「絵本」が重要な役割を果たしたように、『ef - a tale of memories』では、作中のキャラクターが書く「小説」が心理的な情景を象徴するものとなっていた。
こうした「劇中劇」的な手法は、わりとよく使われる。うまく使えば、物語の伏線として効果的になる。
『ef - a tale of memories』の原作はPCゲームということだが、ゲームの方は18禁のソフトなエロゲーに属する。しかし、アニメの方はエッチな要素は抑えられ、純愛ものに近いストーリー展開だった。
物語は、2人の少年……紘(ひろ)と蓮治(れんじ)を軸とした、2つの視点から2つの展開がされていく。キャラクターの接点はあるが、2つの物語が同時進行していく形だ。
その蓮治サイドに登場する少女「千尋」が、この作品のイメージを決定づけているといってもいいだろう。
千尋は新しい記憶が13時間しか持続しないという設定になっていた。
半日前の記憶は消えてしまうので、日記帳に記憶を書き留めていた。13時間後にリセットされると、記憶障害になる以前の状態に戻ってしまう。
半日前、1日前、1週間前に自分がなにをしていたか?……というのは、じつのところ厳密に記憶していることは希だろう。
記憶は機械的な記録メディアのように、情報を正確に記録しているわけではない。ある手掛かりから関連するイメージを、思い出したときに再構築するのが記憶だ。つまり、思い出すたびにイメージを書き直しているわけで、時間の経過とともに記憶は変化していく。
人間は「過去」「現在」「未来」という、時間の時系列を認識できるので、記憶を時系列で整理して覚えていられる。
だが、猫にはそんな能力というか意識はない。
時系列で考えるというのは、論理的な思考である。猫はそんな思考はしない。
「猫は三歩歩いたら忘れる」ともいうが、猫たちにも記憶はある。ただ、その記憶に「時間」の概念がないだけだ。
猫たちの生きる世界は、「現在」だけの世界だろう。
記憶はあっても、それが「過去」という認識はしていないはずだ。あることを覚えていても、それは現在のその時点での有効な知恵としての記憶であり、過去という引き出しから出してきたものではない。
昨日のことは覚えていなくても、水がどこにあるか、トイレがどこにあるか、食べ物がどこにあるかはわかる。
私たちのことは覚えていて、帰宅すれば喜んで迎えてくれる。しかし、昨日いっしょに遊んだことなどは覚えてはいないだろう。猫たちにとって、私たちはいっしょに遊んでくれる相手であり、いっしょに寝る相手であり、ご飯をくれる相手であり……と、過去の経験から学んだ記憶が、今現在の行動に反映されているにすぎない。時系列で整理される記憶ではなく、ごちゃごちゃになった記憶が必要なときに行動を決定をする条件になっている……ということだと思う。
人は「整理された記憶」によって、人格を形成したり、周囲との関わりを認識する。それは継続される社会性を求めているからだ。
猫のように生きるのであれば、新しい記憶が13時間しか保たなくても問題はない。
千尋が記憶が消えてしまうことに絶望を感じてしまうのは、人であるがゆえの社会性を必要としているからだ。
『ef - a tale of memories』の物語は、救いのある結末で終える。
千尋の記憶障害が治ることはないかもしれないが、彼女の存在は観た人たちの記憶に鮮明に刻まれることは確かだろう。
(18:04)
2008年05月08日
連休中は、HDDレコーダーに録りためてあったアニメを観ていた。
なにしろ録っている作品数が多いので、それだけ観るのにも時間がかかる。たいていは週末に観ているのだが、それでも追いつかずに録ってはいても観られないものが蓄積していく。
数ヶ月分……つまり1つの作品で8話〜12話分を一気に観ることもある。3カ月分だと、ほぼワンクール分だ。CMは飛ばしてしまうから、正味約25分×12=300分(5時間)くらいだ。
こういうことができるようになったのも、HDDレコーダーのお陰だ。タイトルリストを番組名で並べ替えて、順番に観ていける。
一気にまとめて観ることは、作品世界に没頭できるということでいい面もある。
ちなみに、現在録っている作品リストは以下。●は2008年春の新番組、○は前シーズンからの番組または再放送。
●RD 潜脳調査室
●図書館戦争
●マクロス FRONTIER
●ソウルイーター
●ゴルゴ13
●クリスタル ブレイズ
●コードギアス 反逆のルルーシュ R2
●隠の王
●ドルアーガ
●モノクローム・ファクター
●xxxHOLiC◆継
●我が家のお稲荷さま。
●今日からマ王!
●アリソンとリリア
●ヴァンパイア騎士
●仮面のメイドガイ
●イタズラなKiss
●かのこん
●狂乱家族日記
●紅
●あまつき
●純情ロマンチカ
●S・A 〜スペシャル・エー〜
●D.C.II S.S. 〜ダ・カーポII セカンドシーズン〜
●秘密 〜トップシークレット〜
●To LOVEる
●ネオ アンジェリーク Abyss
○ペルソナ
○BLEACH
○銀魂
○R.O.D -THE TV-
○GUNSLINGER GIRL - IL TEATRINO -
並べてみたら32本(^_^;
我ながらよく観てるなー。新番組に関しては、個人的に面白い順になっている。
なぜ、これだけのアニメを観ているかといえば……
アニメが好きだというのもあるが、「物語」に飢えているのだ。
SF、ファンタジー、学園、オカルト、時代劇、恋愛、ハードボイルド、コメディ……etcと、これだけ多岐にわたる作品があるのは、アニメならではだろう。ドラマでは役者が大根だったり脚本が陳腐だったりして白けてしまうことも多いが、アニメはその点ある程度のクオリティはクリアしている。もちろんつまらない作品もあるわけだが、そういう作品は録るリストから脱落する。
なによりも、「物語」として強烈に魅力的な作品が、毎シーズン2〜3本はある。
連休中に一気に観て、引き込まれてしまった作品があった。
最初の2話まで観て、保留にしてあった作品だった。
それが、『true tears』
true tears vol.1
放映はとっくに終わっていて、すでにDVDも発売されているのだが、やっと観ることができた。
学園もので恋愛ものという、シチュエーションとしてはオーソドックスな作品だったが、回を追うごとに物語の深みが増し、キャラクターが生き生きとしていった。
キャラクターのそれぞれが背負っている過去は、見ようによってはやや非現実的ではあるが、それが物語の必然となっていく過程が素晴らしかった。物語中に登場する「絵本」の話が、話の展開を大きく飛躍させた。思春期の少年少女たちの心の機微を象徴する寓話にもなっていた。
最終回……
不覚にも、涙がボロボロとこぼれてきた……
くそっ!(^_^;;;;;
春の新番組でも、学園を舞台にした作品は多い。
学園ものに心ひかれるのは、とっくに学生時代を卒業してしまった郷愁があるからだろう。今現在、中高生である世代よりも、その年頃を過去のこととして記憶している世代の方が、より敏感に共鳴できるように思う。
自分の思春期の頃は、物語のような劇的な展開はなかったものの、それなりに楽しい思い出もある。「もしも、あのとき」という仮定のドラマを重ねることで、物語に親近感を覚える。
それは作っているスタッフにとっても同様なのだと思う。
高校の3年間なんて、たいしたことができるわけではなかった。当時は、楽しいことよりも辛いことの方が多くて、1年が長く感じたものだ。でも、過ぎてしまうとあっという間で、ほんのささやかな記憶が素晴らしいことのように思えてしまう。
それはたどり着けなかった「夢」であり、「想い」だ。
俗っぽく「青春」といわれる年頃に、置いてきてしまった数々の欠片が、今になって夜空の星のように輝いている。
『true tears』は満天の星が降ってきたのだ。
泣ける物語は、そうそうあるものではない。
なにしろ録っている作品数が多いので、それだけ観るのにも時間がかかる。たいていは週末に観ているのだが、それでも追いつかずに録ってはいても観られないものが蓄積していく。
数ヶ月分……つまり1つの作品で8話〜12話分を一気に観ることもある。3カ月分だと、ほぼワンクール分だ。CMは飛ばしてしまうから、正味約25分×12=300分(5時間)くらいだ。
こういうことができるようになったのも、HDDレコーダーのお陰だ。タイトルリストを番組名で並べ替えて、順番に観ていける。
一気にまとめて観ることは、作品世界に没頭できるということでいい面もある。
ちなみに、現在録っている作品リストは以下。●は2008年春の新番組、○は前シーズンからの番組または再放送。
●RD 潜脳調査室
●図書館戦争
●マクロス FRONTIER
●ソウルイーター
●ゴルゴ13
●クリスタル ブレイズ
●コードギアス 反逆のルルーシュ R2
●隠の王
●ドルアーガ
●モノクローム・ファクター
●xxxHOLiC◆継
●我が家のお稲荷さま。
●今日からマ王!
●アリソンとリリア
●ヴァンパイア騎士
●仮面のメイドガイ
●イタズラなKiss
●かのこん
●狂乱家族日記
●紅
●あまつき
●純情ロマンチカ
●S・A 〜スペシャル・エー〜
●D.C.II S.S. 〜ダ・カーポII セカンドシーズン〜
●秘密 〜トップシークレット〜
●To LOVEる
●ネオ アンジェリーク Abyss
○ペルソナ
○BLEACH
○銀魂
○R.O.D -THE TV-
○GUNSLINGER GIRL - IL TEATRINO -
並べてみたら32本(^_^;
我ながらよく観てるなー。新番組に関しては、個人的に面白い順になっている。
なぜ、これだけのアニメを観ているかといえば……
アニメが好きだというのもあるが、「物語」に飢えているのだ。
SF、ファンタジー、学園、オカルト、時代劇、恋愛、ハードボイルド、コメディ……etcと、これだけ多岐にわたる作品があるのは、アニメならではだろう。ドラマでは役者が大根だったり脚本が陳腐だったりして白けてしまうことも多いが、アニメはその点ある程度のクオリティはクリアしている。もちろんつまらない作品もあるわけだが、そういう作品は録るリストから脱落する。
なによりも、「物語」として強烈に魅力的な作品が、毎シーズン2〜3本はある。
連休中に一気に観て、引き込まれてしまった作品があった。
最初の2話まで観て、保留にしてあった作品だった。
それが、『true tears』
true tears vol.1放映はとっくに終わっていて、すでにDVDも発売されているのだが、やっと観ることができた。
学園もので恋愛ものという、シチュエーションとしてはオーソドックスな作品だったが、回を追うごとに物語の深みが増し、キャラクターが生き生きとしていった。
キャラクターのそれぞれが背負っている過去は、見ようによってはやや非現実的ではあるが、それが物語の必然となっていく過程が素晴らしかった。物語中に登場する「絵本」の話が、話の展開を大きく飛躍させた。思春期の少年少女たちの心の機微を象徴する寓話にもなっていた。
最終回……
不覚にも、涙がボロボロとこぼれてきた……
くそっ!(^_^;;;;;
春の新番組でも、学園を舞台にした作品は多い。
学園ものに心ひかれるのは、とっくに学生時代を卒業してしまった郷愁があるからだろう。今現在、中高生である世代よりも、その年頃を過去のこととして記憶している世代の方が、より敏感に共鳴できるように思う。
自分の思春期の頃は、物語のような劇的な展開はなかったものの、それなりに楽しい思い出もある。「もしも、あのとき」という仮定のドラマを重ねることで、物語に親近感を覚える。
それは作っているスタッフにとっても同様なのだと思う。
高校の3年間なんて、たいしたことができるわけではなかった。当時は、楽しいことよりも辛いことの方が多くて、1年が長く感じたものだ。でも、過ぎてしまうとあっという間で、ほんのささやかな記憶が素晴らしいことのように思えてしまう。
それはたどり着けなかった「夢」であり、「想い」だ。
俗っぽく「青春」といわれる年頃に、置いてきてしまった数々の欠片が、今になって夜空の星のように輝いている。
『true tears』は満天の星が降ってきたのだ。
泣ける物語は、そうそうあるものではない。
(14:05)
2008年05月02日
ふだん、ほとんど考えることのない、仮定の問題。
自分が死んだあと、ブログやサイトに書き残したコンテンツはどうなるのだろうか?……という話。
そういえば、そんなことまで考えてブログやサイトを作ってはいないなーと思った。
ドメインは契約期間中は残るだろうけど、更新しなければなくなる。
サーバーも契約期間中は残るだろうけど、切れたら家族が更新しない限りは消えてなくなる。
書きためた日々の記録や想いは、それとともに電脳空間からも葬られる。
ある意味、二度死ぬことに等しい気がしてきた。
そんなことを気づかせてくれた記事。
鬼籍のマイミク | WIRED VISION
この記事を読んだあと、ふと、亡くなった友人のことを思い出した。
私よりも年下だったが、古くからの友人で、同郷でもあった。田舎で私が主宰していたマンガサークルに、彼が入会してきたことで知り合った。
私の方が少し早く上京して、のちに彼も上京してきた。同じ業界で仕事をするようになり、ときに一緒に仕事をすることもあった。
彼の名前は「西崎まりの」
メジャーになることはなかったが、知る人ぞ知る個性的な絵描きだった。
彼の名前を検索してみると……
彼を知る人たちによる、記事がいくつか出てきた。
亡くなって4年になるが、彼の名前はまだ「生きている」と感じる。
不思議な感覚だ。
身近な人間だからというのもあるが、彼のことを記した「記憶」がネット上に存在しているという事実が、生きている彼を想像させる。
「西崎まりの」のことを記したブログがあった。
【西崎まりのに花束を。-浦嶋嶺至、朋友への手紙-】
彼が生きていた時代の、彼を取り巻く業界と人間関係のことが書かれていた。
浦嶋氏との面識はないが、もしかしたら顔を合わせたことはあるかもしれない。というのも、私も当時、近いところで仕事で関わっていたからだ。ブログ中の登場人物の何人かは、私も面識があった。
記事を読みながら、当時のことを懐かしく思い出した。
仕事の関わりでいえば、「サイバーコミック」「エリアルコミック」のカバーデザインや記事ページのデザインは、私がやっていた。ゼネプロが編集として関わった書籍やコミック、PCゲームのカバーデザインのいくつかも手がけた。そして、西崎氏の絵をキャラクターとした、スーファミのゲーム「サイコドリーム」のマニュアルのデザインも、彼から依頼されて制作した。
また、漫画情報誌『ぱふ』の同人誌コーナーのレビューを、1986年頃から3年間くらい担当していた。
この頃は、西崎氏とよく会っていた。
「なにもかも、みな懐かしい」……思い出だ。
実体としての「死」と、ネット上の人格の「死」は、必ずしもイコールではないということだろう。
自分が死んだあと、ブログやサイトに書き残したコンテンツはどうなるのだろうか?……という話。
そういえば、そんなことまで考えてブログやサイトを作ってはいないなーと思った。
ドメインは契約期間中は残るだろうけど、更新しなければなくなる。
サーバーも契約期間中は残るだろうけど、切れたら家族が更新しない限りは消えてなくなる。
書きためた日々の記録や想いは、それとともに電脳空間からも葬られる。
ある意味、二度死ぬことに等しい気がしてきた。
そんなことを気づかせてくれた記事。
鬼籍のマイミク | WIRED VISION
これから日本でも本格化するであろう団塊の世代向けの SNS ビジネスに訃報伝送機能は欠かせないのでしょうし、遺族に渡す電子金庫あたりもそうした SNS の機能の一つに入りそうです。
(中略)
しかし……とここまできて、自身のサイト、文章にそこまでこだわる理由は何だろうとふと考えてしまいます。死んだ後もお前の駄文をありがたがって読んでくれる人がいると思ってんのかよ、と突っ込まれそうです。
この記事を読んだあと、ふと、亡くなった友人のことを思い出した。
私よりも年下だったが、古くからの友人で、同郷でもあった。田舎で私が主宰していたマンガサークルに、彼が入会してきたことで知り合った。
私の方が少し早く上京して、のちに彼も上京してきた。同じ業界で仕事をするようになり、ときに一緒に仕事をすることもあった。
彼の名前は「西崎まりの」
メジャーになることはなかったが、知る人ぞ知る個性的な絵描きだった。
彼の名前を検索してみると……
彼を知る人たちによる、記事がいくつか出てきた。
亡くなって4年になるが、彼の名前はまだ「生きている」と感じる。
不思議な感覚だ。
身近な人間だからというのもあるが、彼のことを記した「記憶」がネット上に存在しているという事実が、生きている彼を想像させる。
「西崎まりの」のことを記したブログがあった。
【西崎まりのに花束を。-浦嶋嶺至、朋友への手紙-】
彼が生きていた時代の、彼を取り巻く業界と人間関係のことが書かれていた。
浦嶋氏との面識はないが、もしかしたら顔を合わせたことはあるかもしれない。というのも、私も当時、近いところで仕事で関わっていたからだ。ブログ中の登場人物の何人かは、私も面識があった。
記事を読みながら、当時のことを懐かしく思い出した。
仕事の関わりでいえば、「サイバーコミック」「エリアルコミック」のカバーデザインや記事ページのデザインは、私がやっていた。ゼネプロが編集として関わった書籍やコミック、PCゲームのカバーデザインのいくつかも手がけた。そして、西崎氏の絵をキャラクターとした、スーファミのゲーム「サイコドリーム」のマニュアルのデザインも、彼から依頼されて制作した。
また、漫画情報誌『ぱふ』の同人誌コーナーのレビューを、1986年頃から3年間くらい担当していた。
この頃は、西崎氏とよく会っていた。
「なにもかも、みな懐かしい」……思い出だ。
実体としての「死」と、ネット上の人格の「死」は、必ずしもイコールではないということだろう。
(14:23)









