2008年08月
2008年08月29日
「グーグーだって猫である」が映画化された。
観に行くかどうかはわからないが、もしかしたら観るかも……
その映画の記事を読んでいたら……
グーグーだって猫である − 映画作品紹介
あらすじを読んでいて、この部分で目が潤んでしまった。
このあらすじにではない。
うちで飼っていた、今は亡き猫たちのことを思い出してしまったからだ。
彼らのことを思うと、今でも元気だった頃の姿が浮かぶ。
そして、最後を看取ったことも……
映画の良し悪しにかかわらず、観たらうちの猫たちのことに重ねて泣いてしまいそうだ。
うちで現在もっとも年寄りな猫の「プーちゃん」
プーちゃんは愛称だ。
もう、17歳になる。
まるまると太っていたのに、現在ではガリガリに痩せてしまった。ほとんど筋肉がなくなっているような状態だ。それでも元気に動いているから不思議だ。
衰えが著しいので、いつ天国に行ってしまってもおかしくない。
その兆候は、プーちゃんの臭いにある。
最近、体臭が変わって、臭くなってしまったのだ。
亡くなった猫たちも、死ぬ直前に同じような臭いになった。
死臭にも似た、鼻をつく臭いだ。まだかすかに臭うだけだが、体の代謝機能がますます衰えていることを物語っている。
その日は、近いのだと思う。
だが、不在のときに旅立たないでほしい。
最後は看取ってあげたいからだ……
観に行くかどうかはわからないが、もしかしたら観るかも……
その映画の記事を読んでいたら……
グーグーだって猫である − 映画作品紹介
「サバ、朝ごはんにしよう」
麻子がいつものように話しかけるが、サバは冷たく動かなくなっていた。---
あらすじを読んでいて、この部分で目が潤んでしまった。
このあらすじにではない。
うちで飼っていた、今は亡き猫たちのことを思い出してしまったからだ。
彼らのことを思うと、今でも元気だった頃の姿が浮かぶ。
そして、最後を看取ったことも……
映画の良し悪しにかかわらず、観たらうちの猫たちのことに重ねて泣いてしまいそうだ。
うちで現在もっとも年寄りな猫の「プーちゃん」
プーちゃんは愛称だ。
もう、17歳になる。
まるまると太っていたのに、現在ではガリガリに痩せてしまった。ほとんど筋肉がなくなっているような状態だ。それでも元気に動いているから不思議だ。
衰えが著しいので、いつ天国に行ってしまってもおかしくない。
その兆候は、プーちゃんの臭いにある。
最近、体臭が変わって、臭くなってしまったのだ。
亡くなった猫たちも、死ぬ直前に同じような臭いになった。
死臭にも似た、鼻をつく臭いだ。まだかすかに臭うだけだが、体の代謝機能がますます衰えていることを物語っている。
その日は、近いのだと思う。
だが、不在のときに旅立たないでほしい。
最後は看取ってあげたいからだ……
(16:09)
たびたび取り上げている労働問題。
時間外労働の賃金割増率を50%にするという案が出されているが……
<賃金割増率>50%に 月60時間超の時間外労働(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
法案を作るのはいいが、現行の法律すら守られていない状況では、どんな基準を作っても意味はない。残業を申告しない、サービス残業が増えるだけだ。
実効性のあるものにするためには、労働状況の申告を義務化して、強制力のある査察も実行し、罰則も強化しなくては、企業は隠せるものは隠す。
うちの会社には、タイムカードすらない。つまり、労働の実態の証拠を残していないのだ。そういう中小の会社は少なくないはず。
サービス残業は犯罪であるという、世論や認識を持たせることが先決だ。
時間外労働の賃金割増率を50%にするという案が出されているが……
<賃金割増率>50%に 月60時間超の時間外労働(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
自民、公明両党は28日、現行は一律25%の時間外労働の賃金割増率について、月に60時間を超える部分は50%とすることなどで大筋合意した。長時間労働を強いる企業に負担増を求め、労働時間短縮を図るのが狙いで、日本経団連も容認する構え。与党は野党とも協議したうえで、国会で継続審議となっている労働基準法改正案を超党派の議員立法で修正、9月12日召集予定の臨時国会で成立させる方針だ。
法案を作るのはいいが、現行の法律すら守られていない状況では、どんな基準を作っても意味はない。残業を申告しない、サービス残業が増えるだけだ。
実効性のあるものにするためには、労働状況の申告を義務化して、強制力のある査察も実行し、罰則も強化しなくては、企業は隠せるものは隠す。
うちの会社には、タイムカードすらない。つまり、労働の実態の証拠を残していないのだ。そういう中小の会社は少なくないはず。
サービス残業は犯罪であるという、世論や認識を持たせることが先決だ。
(10:19)
2008年08月25日
「ガンダム学会」というのができるそうだ。
歴代のガンダムで描かれてきた世界を、学問的に考察しようというのが目的らしい。こうした試みは、ガンダムを科学的に考証した書籍等で扱われてきたが、マニアックなものでしかなかった。
それを専門家たちによって、本格的に研究しようとしているようだ。
<ガンダム学会>広島で準備会議開催 ニュータイプも研究対象に(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
ガンダムの世界の背景を支えているのは、現代の科学技術の延長線にある近未来の科学だ。
近い将来に実現可能なものもあれば、かなり難しいもの、あるいは想像の域を出ないものまである。
物語の根幹となる科学的なアイデアに、あきらかな間違いがあったりもするが、良くも悪くも科学の上に成り立っている物語だ。
SFの世界が、現実の世界に影響を与えることは、古くからあった。それについては「電脳の未来は?」でも触れた。
未来を描くとき、そこには予測可能な未来であると同時に、希望的な未来の要素も含まれている。
ガンダムでは未来の戦争が描かれている。戦争というもっともネガティブな未来でありながら、未来の技術によって構築された世界にはユートピア的な要素もある。相反する要素が違和感なく組み合わされているのは、非現実的なユートピア部分が、戦争という現実的な部分によって結びつけられているからだともいえる。日本人にとっては、戦争も現実感が乏しいかもしれないが、「生と死」がリアリティを引き寄せる。
ガンダムの世界……宇宙世紀は来るのだろうか?
それに関連した記事が以下。
「宇宙世紀は来ない」 ユーザーが作る“ゲームの次世代” - ITmedia News
火星に移民できるかどうかのエントリーでも書いたが、宇宙に移民する……ガンダムでは地球〜月軌道上のラグランジュポイントという近いところであっても、その必然性と社会的・経済的な価値があるかどうかが問題になる。
コロニー1個が都市並みの大きさと人口を有するとなると、建設資金は莫大だ。それだけの投資をしてもなお、利益を回収できるだけの見込みがなければ建設する必然性にはならない。宇宙を開拓するという理念だけでは、大規模な宇宙への移民はありえないだろうからだ。
ガンダムの世界でもコンピュータは重要な役割を果たしている。経験のない少年少女のパイロットが、ガンダムを操縦できるのはコンピュータのバックアップがあるからだ。
だが、そのコンピュータはポストヒューマン的な進歩には達していない。そういう意味ではローテクであり、人間のパイロットが必要になる理由にもなっている。無人機は出てくるが、人間的なロボットは出てこない。ガンダムに触発されてロボット技術を開発している現在からすると、技術の進歩の方向性がやや偏っているようにも思える。
増え続ける人口問題の解決策として、宇宙への移民……という理由が挙げられたりするが、際限なく人口が増えることもないだろう。人口が増え続けるためには、その人口を養う食糧が必要だ。食べるものが人口分に足りなければ、増え続けることはできない。食糧生産能力が劇的に増えない限り、やがては地球の人口は上限を超えて減少に転ずる。
宇宙世紀が来るかどうかは、食糧問題や宇宙へ行くためのコストを無視できるくらい格安にできる技術革新があるかどうかなど、クリアしなくてはいけない問題が多い。
現在の延長線上に、おそらく宇宙世紀は来ないだろう。
世界はそれほど単純ではないし、科学技術も容易く進歩はしないだろうからだ。
だが、希望は持ちたいものだ。
歴代のガンダムで描かれてきた世界を、学問的に考察しようというのが目的らしい。こうした試みは、ガンダムを科学的に考証した書籍等で扱われてきたが、マニアックなものでしかなかった。
それを専門家たちによって、本格的に研究しようとしているようだ。
<ガンダム学会>広島で準備会議開催 ニュータイプも研究対象に(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
会議のテーマは「ガンダムを学問すること」で、各地から約100人が参加した。「国際ガンダム学会の設立に向けて」と題し、広島市立大の中嶋健明教授(メディア造形学)が基調講演。続いて研究プラザの杉浦幹男特任講師(文化産業論)が、ガンダムをテーマにした軍事学や経済学などの研究事例を紹介。宇宙世紀の実現性(人口増加による宇宙移民の可能性)、「地球と宇宙の人類の対立構造」(エリート主義に関する歴史学的観点からの考察)、「ニュータイプの現出」(宇宙人類の社会心理学)−−といった想定している研究テーマを明かした。
ガンダムの世界の背景を支えているのは、現代の科学技術の延長線にある近未来の科学だ。
近い将来に実現可能なものもあれば、かなり難しいもの、あるいは想像の域を出ないものまである。
物語の根幹となる科学的なアイデアに、あきらかな間違いがあったりもするが、良くも悪くも科学の上に成り立っている物語だ。
SFの世界が、現実の世界に影響を与えることは、古くからあった。それについては「電脳の未来は?」でも触れた。
未来を描くとき、そこには予測可能な未来であると同時に、希望的な未来の要素も含まれている。
ガンダムでは未来の戦争が描かれている。戦争というもっともネガティブな未来でありながら、未来の技術によって構築された世界にはユートピア的な要素もある。相反する要素が違和感なく組み合わされているのは、非現実的なユートピア部分が、戦争という現実的な部分によって結びつけられているからだともいえる。日本人にとっては、戦争も現実感が乏しいかもしれないが、「生と死」がリアリティを引き寄せる。
ガンダムの世界……宇宙世紀は来るのだろうか?
それに関連した記事が以下。
「宇宙世紀は来ない」 ユーザーが作る“ゲームの次世代” - ITmedia News
「宇宙世紀も“のび太の未来”も来ないだろう」
機動戦士ガンダムやドラえもんが作られた高度成長期。経済成長の中心は「もの」。「スペースコロニーの量産や、大人になったのび太が住む高層アパートは70年代の土建業のイメージだ」
(中略)
カーツワイル氏の予測では2020年までにコンピュータの処理能力は人間に匹敵。2037年に人間を超える「ポストヒューマン」が誕生すると展望する。そうなれば、この世にある情報すべてを処理しても処理能力が余るだろう。「1時間で1世紀分の仕事ができる時代になる」
火星に移民できるかどうかのエントリーでも書いたが、宇宙に移民する……ガンダムでは地球〜月軌道上のラグランジュポイントという近いところであっても、その必然性と社会的・経済的な価値があるかどうかが問題になる。
コロニー1個が都市並みの大きさと人口を有するとなると、建設資金は莫大だ。それだけの投資をしてもなお、利益を回収できるだけの見込みがなければ建設する必然性にはならない。宇宙を開拓するという理念だけでは、大規模な宇宙への移民はありえないだろうからだ。
ガンダムの世界でもコンピュータは重要な役割を果たしている。経験のない少年少女のパイロットが、ガンダムを操縦できるのはコンピュータのバックアップがあるからだ。
だが、そのコンピュータはポストヒューマン的な進歩には達していない。そういう意味ではローテクであり、人間のパイロットが必要になる理由にもなっている。無人機は出てくるが、人間的なロボットは出てこない。ガンダムに触発されてロボット技術を開発している現在からすると、技術の進歩の方向性がやや偏っているようにも思える。
増え続ける人口問題の解決策として、宇宙への移民……という理由が挙げられたりするが、際限なく人口が増えることもないだろう。人口が増え続けるためには、その人口を養う食糧が必要だ。食べるものが人口分に足りなければ、増え続けることはできない。食糧生産能力が劇的に増えない限り、やがては地球の人口は上限を超えて減少に転ずる。
宇宙世紀が来るかどうかは、食糧問題や宇宙へ行くためのコストを無視できるくらい格安にできる技術革新があるかどうかなど、クリアしなくてはいけない問題が多い。
現在の延長線上に、おそらく宇宙世紀は来ないだろう。
世界はそれほど単純ではないし、科学技術も容易く進歩はしないだろうからだ。
だが、希望は持ちたいものだ。
(17:17)
2008年08月22日
朝、目覚めると、隣に数匹の猫が一緒に寝ている。
テレビを見ているとき、テーブルの上や膝の上に猫が乗っている。
晩ご飯を食べるとき、私たちが食べるおかずを前にして、猫たちが期待のまなざしを注いでいる。
廊下を歩くとき、寝そべっている猫たちをまたいでいかなければならない。
夜、寝るとき、数匹の猫たちが、一緒に布団で寝ている。
わが家では、なにをするにも猫たちが関わってくる。
猫と暮らしているのか、猫たちの中で暮らしているのか、わからないほどだ。
猫たちは、私たち夫婦にとって、生活の中心になっている。
そんな猫に関する記事。
[エンタメ] 文学やネットの世界では、なぜ猫の支持率が高いのか? | LxR | R25.jp
まぁ、たしかに、猫の種類にはこだわらないね。
ちなみに、私も妻も、実家では犬を飼っていたことがあるので、別に犬が嫌いなわけではない。
道端で野良猫と出くわすと、反射的に足が止まってしまうのは、私も妻も同じ。だからといって、次から次に野良猫を保護してくる妻には困ったものだ。保護した猫は、病気の検査や治療をほどこして、里親を捜すことになる。
現在、保護猫が3匹……。
あまり長い期間うちにいると情がわいてしまうから、手放すのが辛くなってしまうのだが……。
猫板、うちでもやっている(^_^)
●迷い猫.NET(迷子ペットのための掲示板)
●もらい猫.NET(里親募集のための掲示板)
猫は本来、群れでは行動しない。生まれたばかりの子猫がいる母親は、子猫と行動をともにしたりするが、乳離れして餌を普通に食べられるようになる頃には一緒に行動しなくなる。
「猫の集会」という、猫たちが集まる行動があるが、これは群れを作っているわけではなく、「そこに行けば餌がある」「交尾の相手を探す」といった共通の目的から集まっているにすぎない。猫の集会が見られるのは、人によって餌付けされた街中の猫であり、自分で狩りをするような田舎の猫にはあまりみられない……ということだ。
わが家では、猫たちは集団生活をしている。そうせざるをえないのだが、群れ的な生活をしているためか、猫たちはある面では「犬化」している。
たとえば、群れの中での「順位付け」が、犬ほど明確ではないがある程度形成されている。ただし、これは暫定的なもので、状況によって変動する。
また、猫は名前を呼んでも寄ってこないものだが、うちの猫の中には名前を呼ぶと寄ってくるのがいる。甘えたいのか、お腹がすいているのかの理由はともかく、人間を群れのボスであると認識しているようでもある。
子猫のときには子猫同士で寄り添って寝るが、大人猫は寄り添って寝なくなるのが普通。だが、うちの猫たちは、間に人間がいるにしても、寄り添って寝ている。これも個体差があり、ひとりでいることを好む猫は、寄ってはこない。
いずれにしても、うちでは寝ても覚めても、猫たちと一緒なのだ。
テレビを見ているとき、テーブルの上や膝の上に猫が乗っている。
晩ご飯を食べるとき、私たちが食べるおかずを前にして、猫たちが期待のまなざしを注いでいる。
廊下を歩くとき、寝そべっている猫たちをまたいでいかなければならない。
夜、寝るとき、数匹の猫たちが、一緒に布団で寝ている。
わが家では、なにをするにも猫たちが関わってくる。
猫と暮らしているのか、猫たちの中で暮らしているのか、わからないほどだ。
猫たちは、私たち夫婦にとって、生活の中心になっている。
そんな猫に関する記事。
[エンタメ] 文学やネットの世界では、なぜ猫の支持率が高いのか? | LxR | R25.jp
しかし、何となくだが文学やネットを含めた“メディア登場頻度”でいえば、若干、猫に軍配が上がるような印象がある。里親掲示板などでより大きな盛り上がりを見せているのは猫板だし、ネット上の投票結果(下記グラフ)を見ても、6割以上が「猫に決まってる!」ようだ(8月中旬現在)。
(中略)
「猫好きな人というのは種類に関係なく、三毛猫だろうと他人の飼ってる猫であろうと、何でもかわいいと感じるようです。逆に犬派の人は、種類や好みが限定される傾向があるようですね」
まぁ、たしかに、猫の種類にはこだわらないね。
ちなみに、私も妻も、実家では犬を飼っていたことがあるので、別に犬が嫌いなわけではない。
道端で野良猫と出くわすと、反射的に足が止まってしまうのは、私も妻も同じ。だからといって、次から次に野良猫を保護してくる妻には困ったものだ。保護した猫は、病気の検査や治療をほどこして、里親を捜すことになる。
現在、保護猫が3匹……。
あまり長い期間うちにいると情がわいてしまうから、手放すのが辛くなってしまうのだが……。
猫板、うちでもやっている(^_^)
●迷い猫.NET(迷子ペットのための掲示板)
●もらい猫.NET(里親募集のための掲示板)
猫は本来、群れでは行動しない。生まれたばかりの子猫がいる母親は、子猫と行動をともにしたりするが、乳離れして餌を普通に食べられるようになる頃には一緒に行動しなくなる。
「猫の集会」という、猫たちが集まる行動があるが、これは群れを作っているわけではなく、「そこに行けば餌がある」「交尾の相手を探す」といった共通の目的から集まっているにすぎない。猫の集会が見られるのは、人によって餌付けされた街中の猫であり、自分で狩りをするような田舎の猫にはあまりみられない……ということだ。
わが家では、猫たちは集団生活をしている。そうせざるをえないのだが、群れ的な生活をしているためか、猫たちはある面では「犬化」している。
たとえば、群れの中での「順位付け」が、犬ほど明確ではないがある程度形成されている。ただし、これは暫定的なもので、状況によって変動する。
また、猫は名前を呼んでも寄ってこないものだが、うちの猫の中には名前を呼ぶと寄ってくるのがいる。甘えたいのか、お腹がすいているのかの理由はともかく、人間を群れのボスであると認識しているようでもある。
子猫のときには子猫同士で寄り添って寝るが、大人猫は寄り添って寝なくなるのが普通。だが、うちの猫たちは、間に人間がいるにしても、寄り添って寝ている。これも個体差があり、ひとりでいることを好む猫は、寄ってはこない。
いずれにしても、うちでは寝ても覚めても、猫たちと一緒なのだ。
(19:04)
2008年08月20日
恋愛ネタの記事は、いろんな意味で面白い。
多くの人が興味を持っているからだろうし、人の恋愛ほど面白く感じてしまう。当人にとっては、なにかと悩みと問題の種なのだが……。
芸能人の熱愛や不倫が大きな関心を集めるのも、面白がられているからだろう。
ただ、「恋愛=結婚」、そして「結婚=子供」という、ステロタイプな発想はなんとかしてほしいものだ。関連性はあっても、イコールとは限らないのだ。
そんな恋愛ネタの記事。
【第27回】商社事務職OLの恋愛事情 社内恋愛では“負け組”に?:NBonline(日経ビジネス オンライン)
少し前に不倫疑惑が持ち上がった、某女性アナウンサーについて、ある週刊誌が「○○アナは半径5メートル以内で男を探す」なんていう見出しを出していたが、それはしごく当たり前のことだと思った。
10メートルだったらいいのか? 100メートルだったら? 50キロメートルだったらどうなのだ?……という、素朴な疑問を感じる。
直接的に人が知り合える距離というのは、会話ができる距離だろう。そう考えれば5メートルは上限の距離のような気がする。電話やメールであれば、距離は関係なくなるから、地球の裏側でも問題ではなくなる。
ただし、恋愛となると、物理的な距離というのは重要だ。
会えない、触れあえない状態では、恋愛は一方通行になってしまう。遠距離恋愛が難しいのはそのためだ。遠くの彼女よりも、近くの彼女となってしまうのは、必然かもしれない。
この記事での社内恋愛の時代的な変遷の考察は面白い。
なるほど、かつては会社というシステムそのものが、恋愛の場を提供していたというのは興味深い。少子化問題も、遠因として社内恋愛がしにくくなったことにあるのかもしれない。
そして、恋愛の必然にセックスがある。
プラトニックな恋愛というのもあるにはあるが、それが本当の意味で恋愛といえるのかどうかは、個人的には疑問符だ。
そんなことを端的にいっているのが、次の記事。
夢をかなえるゾウも頷く『LOVE理論』 〜恋愛もビジネスも才能はいらない:NBonline(日経ビジネス オンライン)
逆もしかりだろう。
「男は好きな女とセックスするのではない。セックスした女を好きになる」
異論が出てきそうな因果関係だが、ある意味、的を射ていると思う。
夫婦関係がセックスレスから破綻するのは、愛の確認行為としてのセックスがなくなってしまうからだろう。気持ちだけでは愛情は持続しないともいえる。肌と肌で触れあうことで、確かめあえることもある。
男と女の関係は難しいようで、案外、単純なのかもしれないね。
多くの人が興味を持っているからだろうし、人の恋愛ほど面白く感じてしまう。当人にとっては、なにかと悩みと問題の種なのだが……。
芸能人の熱愛や不倫が大きな関心を集めるのも、面白がられているからだろう。
ただ、「恋愛=結婚」、そして「結婚=子供」という、ステロタイプな発想はなんとかしてほしいものだ。関連性はあっても、イコールとは限らないのだ。
そんな恋愛ネタの記事。
【第27回】商社事務職OLの恋愛事情 社内恋愛では“負け組”に?:NBonline(日経ビジネス オンライン)
社内結婚の法則は、今も昔も実は変わらない。「自分の半径5メートル以内」が肝心だ。だが事務職OLたちは、「半径5メートル以内に素敵な人が何人もいると思って入社したのに、結局50メートルまで広げてみても誰もいなかった」と嘆くのである。
少し前に不倫疑惑が持ち上がった、某女性アナウンサーについて、ある週刊誌が「○○アナは半径5メートル以内で男を探す」なんていう見出しを出していたが、それはしごく当たり前のことだと思った。
10メートルだったらいいのか? 100メートルだったら? 50キロメートルだったらどうなのだ?……という、素朴な疑問を感じる。
直接的に人が知り合える距離というのは、会話ができる距離だろう。そう考えれば5メートルは上限の距離のような気がする。電話やメールであれば、距離は関係なくなるから、地球の裏側でも問題ではなくなる。
ただし、恋愛となると、物理的な距離というのは重要だ。
会えない、触れあえない状態では、恋愛は一方通行になってしまう。遠距離恋愛が難しいのはそのためだ。遠くの彼女よりも、近くの彼女となってしまうのは、必然かもしれない。
この記事での社内恋愛の時代的な変遷の考察は面白い。
なるほど、かつては会社というシステムそのものが、恋愛の場を提供していたというのは興味深い。少子化問題も、遠因として社内恋愛がしにくくなったことにあるのかもしれない。
そして、恋愛の必然にセックスがある。
プラトニックな恋愛というのもあるにはあるが、それが本当の意味で恋愛といえるのかどうかは、個人的には疑問符だ。
そんなことを端的にいっているのが、次の記事。
夢をかなえるゾウも頷く『LOVE理論』 〜恋愛もビジネスも才能はいらない:NBonline(日経ビジネス オンライン)
本書で言う「LOVE」とは純愛ではなく、ずばりセックスを指す。理想の女性とセックスをするために、犯罪以外のあらゆる手を使うというのが愛也先生の教育方針だ。なぜなら、「女は好きな男とセックスするのではない。セックスした男を好きになる」から。極端な先生だな……。
逆もしかりだろう。
「男は好きな女とセックスするのではない。セックスした女を好きになる」
異論が出てきそうな因果関係だが、ある意味、的を射ていると思う。
夫婦関係がセックスレスから破綻するのは、愛の確認行為としてのセックスがなくなってしまうからだろう。気持ちだけでは愛情は持続しないともいえる。肌と肌で触れあうことで、確かめあえることもある。
男と女の関係は難しいようで、案外、単純なのかもしれないね。
(23:50)
2008年08月19日
火星の探査が進んでいて、新しい発見が続いている。
1976年に火星に着陸したバイキングによる探査で、火星の生命の存在の可能性はいったんは否定された。
その後、火星から飛来した隕石から、生物の痕跡と思われる化石が見つかって、火星の生命が再び注目された。これについては異論も多いが。
そして、今回のフェニックスでは水の存在が確認され、かつて生命が存在した可能性が高まっている。現在の火星に生命がいるかどうかも注目されているが、もしいたとしても、地球から探査機が持ち込んだ汚染だった……などというオチになるかもしれない。もっとも、それがわかるほどの観測機器は積んでいないのだが。
火星関連の記事で、トンデモに相当するものがあった。
ヴォイス・オブ・インディア - 地球以外の惑星で生活できるようになれば
おいおい、勘違いもはなはだしいぞ(^_^;
火星に人類が足跡を残せるのは、おそらく10年では無理。
火星に移民できるようになるのには、科学技術が停滞なく進歩したとしても、100年では無理だろう。これまでの宇宙開発でも、たびたび停滞しているのが現実だから、よりリスクが高く、コストもかかる火星への宇宙旅行は、予定を大幅に遅れるのは必至だ。
技術的に可能なことと、政治的、社会的に可能なことは連動しない。それは環境問題と同じだ。石油に代わるエネルギーや技術はすでにあるけれども、大転換して石油を捨てることはできない。コストや利害が絡むからだ。
スタートレックではないが、24世紀くらいなら技術的にもコスト的にも、火星に今よりも容易にいけるようになっているかもしれない。火星に移民して人口問題を解決するとか、食糧問題を解決するとかいった話は、楽観的に見ても数世紀は先の話である。
上記の記事の書き方だと、10年後に火星移民が可能であるかのように受け取れる。
そんなことは99.9%ありえない(^_^)
0.1%の可能性は、地球を脱出しなくてはならないような地球規模の災厄が来て、人類としての種の保存のために、男女を乗せて決死の覚悟で火星に向かうか……だが、10年以内に、火星まで大人数の人間を運べる宇宙船が造れる可能性は少ない。
あるいはもっとありえない話として、異星人の訪問で彼らの助けを借りるかだ。
そうした可能性は極めて低い。
仮に24世紀くらいに、技術的に火星移民が可能になったとしよう。
しかし、その移民は片道切符だろう。火星までは遠く、行き来は容易ではない。理論上の核融合エンジンを実現したとしても、コストと渡航に要する時間は膨大だ。最短距離でも、片道に数ヶ月はかかってしまう。アメリカ大陸に、個人レベルで大挙して移民したのとはわけが違う。
現時点で火星の土壌についてわかっていることでは、毒性が強いようなので、農地には適さないだろう。
また、経済活動についても、地球との交易が容易ではないことから、火星は自給自足するしかない。地球と火星の間で物資を輸送するには、そのコストに見合うものでなければ経済は成り立たない。
地球−火星間を、日本−アメリカ間なみに数時間で移動できるのなら、経済関係も成り立つが、そのための移動手段がない。ワープエンジンでもあれば話は別だが、それは未だにSFの世界の想像物だ。
火星に移民したら、それっきり、孤立した世界になるだろう。通信に関しては火星と地球の位置関係で変わるが、40分くらいはかかる。リアルタイムの情報交換はできないので、経済活動も大きく制限される。
それでもなお、移民する理由、しなければならない理由が、社会に生じるかどうか……も疑問ではある。
1976年に火星に着陸したバイキングによる探査で、火星の生命の存在の可能性はいったんは否定された。
その後、火星から飛来した隕石から、生物の痕跡と思われる化石が見つかって、火星の生命が再び注目された。これについては異論も多いが。
そして、今回のフェニックスでは水の存在が確認され、かつて生命が存在した可能性が高まっている。現在の火星に生命がいるかどうかも注目されているが、もしいたとしても、地球から探査機が持ち込んだ汚染だった……などというオチになるかもしれない。もっとも、それがわかるほどの観測機器は積んでいないのだが。
火星関連の記事で、トンデモに相当するものがあった。
ヴォイス・オブ・インディア - 地球以外の惑星で生活できるようになれば
ここで疑問が湧き上がる。もし火星で生命体が生存できるようになったとしたらどうなるのか?
私の見解は2つある。1つは、地球上の人口増加が軽減するのではないかということだ。つまり、多くの人たちが火星で生活するようになり、地球の人口が緩和することとなる。
そして2つ目。農業の発展に大きく貢献するのではないだろうか?地球と火星に人口が分散されることで、農業用地も増えることとなる。発展するのは農業だけではないだろう。雇用機会や経済発展、多国籍企業の企業活動などが促進され、巨大な利益が生み出されるだろう。
おいおい、勘違いもはなはだしいぞ(^_^;
火星に人類が足跡を残せるのは、おそらく10年では無理。
火星に移民できるようになるのには、科学技術が停滞なく進歩したとしても、100年では無理だろう。これまでの宇宙開発でも、たびたび停滞しているのが現実だから、よりリスクが高く、コストもかかる火星への宇宙旅行は、予定を大幅に遅れるのは必至だ。
技術的に可能なことと、政治的、社会的に可能なことは連動しない。それは環境問題と同じだ。石油に代わるエネルギーや技術はすでにあるけれども、大転換して石油を捨てることはできない。コストや利害が絡むからだ。
スタートレックではないが、24世紀くらいなら技術的にもコスト的にも、火星に今よりも容易にいけるようになっているかもしれない。火星に移民して人口問題を解決するとか、食糧問題を解決するとかいった話は、楽観的に見ても数世紀は先の話である。
上記の記事の書き方だと、10年後に火星移民が可能であるかのように受け取れる。
そんなことは99.9%ありえない(^_^)
0.1%の可能性は、地球を脱出しなくてはならないような地球規模の災厄が来て、人類としての種の保存のために、男女を乗せて決死の覚悟で火星に向かうか……だが、10年以内に、火星まで大人数の人間を運べる宇宙船が造れる可能性は少ない。
あるいはもっとありえない話として、異星人の訪問で彼らの助けを借りるかだ。
そうした可能性は極めて低い。
仮に24世紀くらいに、技術的に火星移民が可能になったとしよう。
しかし、その移民は片道切符だろう。火星までは遠く、行き来は容易ではない。理論上の核融合エンジンを実現したとしても、コストと渡航に要する時間は膨大だ。最短距離でも、片道に数ヶ月はかかってしまう。アメリカ大陸に、個人レベルで大挙して移民したのとはわけが違う。
現時点で火星の土壌についてわかっていることでは、毒性が強いようなので、農地には適さないだろう。
また、経済活動についても、地球との交易が容易ではないことから、火星は自給自足するしかない。地球と火星の間で物資を輸送するには、そのコストに見合うものでなければ経済は成り立たない。
地球−火星間を、日本−アメリカ間なみに数時間で移動できるのなら、経済関係も成り立つが、そのための移動手段がない。ワープエンジンでもあれば話は別だが、それは未だにSFの世界の想像物だ。
火星に移民したら、それっきり、孤立した世界になるだろう。通信に関しては火星と地球の位置関係で変わるが、40分くらいはかかる。リアルタイムの情報交換はできないので、経済活動も大きく制限される。
それでもなお、移民する理由、しなければならない理由が、社会に生じるかどうか……も疑問ではある。
(00:40)
2008年08月18日
ちょっとネタとしては古くなってしまったが……。
「技術的特異点」というのがある。
詳しくはリンク先のWikipediaを見て欲しいが、未来を想像するSF的な発想の中で、テクノロジーが世界をひっくり返すような大転換をする事象のことをいう。
未来を描いたSFは古くからあり、そこにイメージされる未来は技術の発展の上に構築されている。ある種の技術的ユートピアではあるが、反面、技術によってディストピアになるという一面もあわせ持っている。
SFがSFらしい本領を発揮できる世界でもある。
それについての記事。
特異点、精神的麻薬、社会的余剰(前編) | WIRED VISION
単純に「特異点」と書かれると、どうしてもブラックホールの特異点を連想してしまう。技術的特異点も、ブラックホールの特異点からの連想なのだろうが。
『ニューロマンサー』はたしかに衝撃的な作品だった。
それ以前とそれ以降で、SFで描かれる未来像、特にコンピュータ世界の描き方が劇的に変わった。日本での影響では、マンガやアニメに顕著に現れた。
ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)
これには翻訳した故黒丸尚氏の功績が大きい。氏の斬新な翻訳がなければ、その後のサイバーパンク的なマンガやアニメはなかったかもしれない。
現在でもコンピュータ関連の話題として、「仮想世界」「バーチャル」としてイメージされる世界は、もとをただせば『ニューロマンサー』に端を発している。
しかしながら、現在実現している仮想世界は『ニューロマンサー』には遠く及ばない。技術的な部分では、たとえば『ニューロマンサー』で「ジャックイン」と表現されていた仮想世界への没入は、いささか古くさい技術のイメージではあるが。
『攻殻機動隊』で首の後ろにプラグを差すというのも、ジャックインからのイメージだが、物理的に接続するというのは確実性はあるものの、高度な電脳世界が実現した世界ではもっとスマートにワイヤレスの方法があってもよさそうなものだ。
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 (Blu-ray Disc)
ある友人の話を思い出した。
携帯電話について、
「微弱な電波が出てるから、電波が脳みそを突き抜けてるんだよね」
と、私がいったところ、
「え? 携帯って電波が出てるの?」
という返事が返ってきた。
携帯画面にアンテナ表示があるから、受信しているということは理解していても、自分が電波を発信しているという理解はしていなかった。どうやって携帯電話が通話できるかの知識がなかったのだ。
便利に使っている技術でも、一般的な理解の程度はそんなものだろう。そのことはインターネットにもいえる。ネットで起きる、リアルとバーチャルの関係も、技術に関する無理解から発生しているように思える。
技術的特異点のあとに起こるかもしれない、ポストヒューマン……という未来像。
物語としては面白いのだが、現実にそれが起こりうる可能性はどうだろうか?
コンピュータの演算能力は高まってきたが、人間に取って代わる「知性」へと進化するには、不十分な気がする。命令を実行するだけのコンピュータには、意識も知性もない。現在実現している人間的なロボットに意思があるように感じているのは、人間の想像力のためだ。見た目と模倣される動きに、感情移入しているに過ぎない。
「意識」はどこで発生するのか?
生物の進化の過程の、どこで意識が芽生えたのか?
猫に意識があることは間違いないが、ミミズにはあるのだろうか? ゾウリムシにはあるのだろうか?……という問いの答えはない。
コンピュータあるいは未来のAIが「意識」を持つかどうかは、意識とはなんなのか?の答えが見つからないと、そのために必要なシステムを組み込むことができない。膨大なネットワークでつながった電脳世界が実現したら、その中から自然発生する……という可能性がないわけではないが、確率としては低いように思う。
ポストヒューマンの物語は、終末論にも似ている。
古い世界の破壊と、新しい世界の創造。それは神話にも似ている。
神が人間を作ったとするのが創世記だが、人間は神を超えられるだろうか? 人間が愚かなのは、創造主である神も愚かだったからだろう。もっとも、神は人間の想像の産物だから、人間以上のものは想像しえないというパラドックスを含んでいる。
愚かな人間が創造する機械知性は、人間よりも賢くなるだろうか?
SFの多くは、その可能性を否定している。
「技術的特異点」というのがある。
詳しくはリンク先のWikipediaを見て欲しいが、未来を想像するSF的な発想の中で、テクノロジーが世界をひっくり返すような大転換をする事象のことをいう。
未来を描いたSFは古くからあり、そこにイメージされる未来は技術の発展の上に構築されている。ある種の技術的ユートピアではあるが、反面、技術によってディストピアになるという一面もあわせ持っている。
SFがSFらしい本領を発揮できる世界でもある。
それについての記事。
特異点、精神的麻薬、社会的余剰(前編) | WIRED VISION
SF作家というと未来予測に長けているというイメージがあるが、実際にSF作家が言い当てているのはむしろ「現在」である、とドクトロウは説きます。そして彼はウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』を例に挙げるのですが、実はワタシ自身10年ほど前に当のギブスンが、ドクトロウと同じ主張をしているインタビューをニューズウィークで読んだ覚えがあります(ギブソンが例として挙げていたのはジョージ・オーウェルの『1984年』でした)。
そしてドクトロウは、現在「特異点(Singularity)」について書かれるSFが多いことに触れ、どうして我々はテクノロジーにより人間という種自体をも超越する特異点の話を求めるのか、それは現在の何を反映しているのだろうと問いかけて彼の文章は終わります。現在への失望の裏返しなのか、それとも現在の生活の持続可能性に不安があるのか、あるいは我々を取り巻く新種の精神的麻薬にはしゃぎすぎて高揚してるだけなのか・・・。
単純に「特異点」と書かれると、どうしてもブラックホールの特異点を連想してしまう。技術的特異点も、ブラックホールの特異点からの連想なのだろうが。
『ニューロマンサー』はたしかに衝撃的な作品だった。
それ以前とそれ以降で、SFで描かれる未来像、特にコンピュータ世界の描き方が劇的に変わった。日本での影響では、マンガやアニメに顕著に現れた。
ニューロマンサー (ハヤカワ文庫SF)これには翻訳した故黒丸尚氏の功績が大きい。氏の斬新な翻訳がなければ、その後のサイバーパンク的なマンガやアニメはなかったかもしれない。
現在でもコンピュータ関連の話題として、「仮想世界」「バーチャル」としてイメージされる世界は、もとをただせば『ニューロマンサー』に端を発している。
しかしながら、現在実現している仮想世界は『ニューロマンサー』には遠く及ばない。技術的な部分では、たとえば『ニューロマンサー』で「ジャックイン」と表現されていた仮想世界への没入は、いささか古くさい技術のイメージではあるが。
『攻殻機動隊』で首の後ろにプラグを差すというのも、ジャックインからのイメージだが、物理的に接続するというのは確実性はあるものの、高度な電脳世界が実現した世界ではもっとスマートにワイヤレスの方法があってもよさそうなものだ。
GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊 (Blu-ray Disc)ある友人の話を思い出した。
携帯電話について、
「微弱な電波が出てるから、電波が脳みそを突き抜けてるんだよね」
と、私がいったところ、
「え? 携帯って電波が出てるの?」
という返事が返ってきた。
携帯画面にアンテナ表示があるから、受信しているということは理解していても、自分が電波を発信しているという理解はしていなかった。どうやって携帯電話が通話できるかの知識がなかったのだ。
便利に使っている技術でも、一般的な理解の程度はそんなものだろう。そのことはインターネットにもいえる。ネットで起きる、リアルとバーチャルの関係も、技術に関する無理解から発生しているように思える。
技術的特異点のあとに起こるかもしれない、ポストヒューマン……という未来像。
物語としては面白いのだが、現実にそれが起こりうる可能性はどうだろうか?
コンピュータの演算能力は高まってきたが、人間に取って代わる「知性」へと進化するには、不十分な気がする。命令を実行するだけのコンピュータには、意識も知性もない。現在実現している人間的なロボットに意思があるように感じているのは、人間の想像力のためだ。見た目と模倣される動きに、感情移入しているに過ぎない。
「意識」はどこで発生するのか?
生物の進化の過程の、どこで意識が芽生えたのか?
猫に意識があることは間違いないが、ミミズにはあるのだろうか? ゾウリムシにはあるのだろうか?……という問いの答えはない。
コンピュータあるいは未来のAIが「意識」を持つかどうかは、意識とはなんなのか?の答えが見つからないと、そのために必要なシステムを組み込むことができない。膨大なネットワークでつながった電脳世界が実現したら、その中から自然発生する……という可能性がないわけではないが、確率としては低いように思う。
ポストヒューマンの物語は、終末論にも似ている。
古い世界の破壊と、新しい世界の創造。それは神話にも似ている。
神が人間を作ったとするのが創世記だが、人間は神を超えられるだろうか? 人間が愚かなのは、創造主である神も愚かだったからだろう。もっとも、神は人間の想像の産物だから、人間以上のものは想像しえないというパラドックスを含んでいる。
愚かな人間が創造する機械知性は、人間よりも賢くなるだろうか?
SFの多くは、その可能性を否定している。
(14:27)
2008年08月16日
昨日、会社の同僚の女性から、
「ドトールのコーヒーを買いに行くけど、なにかいりませんか?」と聞かれた。
「いらない。これがあるから」
社内にはコーヒーサーバーがあり、それを飲んでいたからだ。
「それで満足?」
「無駄遣いはしないの」
ドトールを買いに行くのは、安い社内のコーヒーよりも、多少は美味しいコーヒーを飲みたいからだろう。スタバに比べれば、ドトールは200〜300円と安いが、それでもタダで飲める社内のコーヒーの方が出費はゼロだ。
たかが200円くらい……と思われたかもしれない。せっかく声をかけてくれて申し訳ないが、本当に無駄遣いはできないのだ。
彼女は昼食も外食しているが、私はしない……というか、昼飯は食べない。昼飯を外食すると、晩飯が食えなくなるからだ。
そんな昼食に関する記事。
J-CASTニュース : ビンボーだから「おにぎり」が売れる? コンビニの昼食商戦異状アリ
わかるなー、昼食を削る気持ちが。
うちの平日の1日の食費は、1500円以内と決めている。
妻と二人分で1500円なので、ひとり当たりでは半分の750円。妻の昼食は社員食堂で食べているから、それは彼女の自腹。
私が昼食を食べると、晩飯が食べられなくなるというのは、そういう事情だ。
だから、私は1日1食である。
けっして余裕のある経済状況ではないので、食費は可能な限り切り詰めている。週末だけは、妻と一緒に外食できるので、晩飯に2000〜5000円かける。そのためには、平日の食費を切り詰めるのだ。
そうした節約をしても、月に食費が6〜7万になる。まともに朝昼晩と食べていたら、10万円くらいになってしまうから、この差は大きい。その差額が、私の趣味のためのお金になる。本やCD、PC周辺機器や消耗品を買ったりの小遣いだ。
そういうことなんですよ、YHさん(^^;)
「ドトールのコーヒーを買いに行くけど、なにかいりませんか?」と聞かれた。
「いらない。これがあるから」
社内にはコーヒーサーバーがあり、それを飲んでいたからだ。
「それで満足?」
「無駄遣いはしないの」
ドトールを買いに行くのは、安い社内のコーヒーよりも、多少は美味しいコーヒーを飲みたいからだろう。スタバに比べれば、ドトールは200〜300円と安いが、それでもタダで飲める社内のコーヒーの方が出費はゼロだ。
たかが200円くらい……と思われたかもしれない。せっかく声をかけてくれて申し訳ないが、本当に無駄遣いはできないのだ。
彼女は昼食も外食しているが、私はしない……というか、昼飯は食べない。昼飯を外食すると、晩飯が食えなくなるからだ。
そんな昼食に関する記事。
J-CASTニュース : ビンボーだから「おにぎり」が売れる? コンビニの昼食商戦異状アリ
昼食に使うカネは500円が壁
金融サービス会社GEマネーが毎年5月に調査しているサラリーマンのお小遣い調査によれば、昼食に使うお金は2001年の710円に対し、06年が650円、08年は570円と下がっている。また、日本経済新聞が働く男女の平日の昼食代について08年6月下旬にインターネットで調査したところ、最も多い回答が「二百円未満」の22.2%、次いで「四百五十円以上五百円未満」が11.2%、「二百円以上二百五十円未満」が10%だった。
わかるなー、昼食を削る気持ちが。
うちの平日の1日の食費は、1500円以内と決めている。
妻と二人分で1500円なので、ひとり当たりでは半分の750円。妻の昼食は社員食堂で食べているから、それは彼女の自腹。
私が昼食を食べると、晩飯が食べられなくなるというのは、そういう事情だ。
だから、私は1日1食である。
けっして余裕のある経済状況ではないので、食費は可能な限り切り詰めている。週末だけは、妻と一緒に外食できるので、晩飯に2000〜5000円かける。そのためには、平日の食費を切り詰めるのだ。
そうした節約をしても、月に食費が6〜7万になる。まともに朝昼晩と食べていたら、10万円くらいになってしまうから、この差は大きい。その差額が、私の趣味のためのお金になる。本やCD、PC周辺機器や消耗品を買ったりの小遣いだ。
そういうことなんですよ、YHさん(^^;)
(19:16)
2008年08月15日
恋愛は「心」でするものではなく「脳」でするもの。
「愛なんて結局は脳内の化学反応の変化にすぎない」ということもある。
いずれにしても、異性は気になるものではある。
職場に男だけ、女だけという環境よりも、比率はともかく男性と女性がいる方が、士気が上がるということはあるようだ。恋愛というほど強い関係ではなくても、異性がいることで脳が活性化するからだろう。
このネタは、もっと前にピックアップしていたのだが、他の記事が先になってしまっていた。
恋愛の場合には、脳の活性化はより顕著らしい……という記事。
【10】恋をすると、脳の処理能力もアップする?:NBonline(日経ビジネス オンライン)
なるほど、納得……という研究だ。
体験的な感覚としてはわかっていることでも、科学的に検証することは難しいという一例だろう。
と、この記事を読んで、関連する記事をどこかで読んだ気がして探した。
それが以下。
夫婦壮絶バトル!「ゴミ出しで怒り狂う女」vs「指示待ち人間になる男」|働く男女の「取扱説明書」|ダイヤモンド・オンライン
こちらは夫婦間での脳の活動だ。
もっとも、うちの夫婦には当てはまらないが(^_^)
というのは、炊事と掃除は私がやっているからだ。家事で妻がするのは洗濯だけである。洗濯は洗濯機に洗濯物を入れてスイッチを押すだけ。洗い終わったら干すだけという、単純な作業なので不器用な妻でもできるのだ(^_^)。
仕事から帰宅するのは妻の方が早い。
私が帰宅するのは、早いときでも妻より1〜2時間は遅い。帰宅途中に携帯メールで帰ることを伝え、飯を炊くことを指示する。炊飯器に米を入れて炊くくらいは簡単だからだ。
最寄り駅で下車すると、駅に隣接するスーパーでおかずの材料を買って帰り、帰宅すると即座に料理を始める。
私がおかずを作らないと、晩ご飯にならないからだ。
残業になったときには、私が帰るまで妻はお腹を空かせて待っている。だから、なるべく早く帰るように心がけている。
……と、そんな話を、少し前に友人(以下W)にしたところ、
W「愛妻家だねー」
といわれた。
私「そりゃそーさ。好きでなきゃ、20年も一緒に生活できないだろ」
Wとは古くからからの友人だが、このところ久しく会っていなかった。久しぶりに連絡をくれたと思ったら、
W「ちょっと飲みに行かないか?」
私「オレが下戸なのは知ってるだろうが」
W「まぁ、そういわずに、オレの話を聞いてくれよ」
というわけで、仕事帰りにアルコールも出してくれるカフェで会った。
それで互いの近況を話しているときに、前述の話題になった。
私「そっちはどうなんだよ? 子どもも大きくなっただろう? そろそろ高校生か?」
W「なかなか大変だよ。教育費がこんなにかかるなんて、結婚前は考えてなかった。家計は四苦八苦だよ」
私「話というのは、そのことなのか?」
W「いや、違う」
Wはしばらく言葉を切った。話そうかどうか迷っているかのようだ。
やがて、Wは重そうに口を開いた。
W「じつは、社内の人間関係で悩んでいるんだ」
私は軽くうなずいて、彼が先を続けるのを待った。彼の話し方は心得ていた。前振りが長く、なかなか核心を話さないやつなのだ。
W「会社にMさんとSさんという女性がいるんだが……」
おや、女の話か。
私「M嬢にS嬢か。マイクロソフトの策略か?」
W「茶化すなよ。それをいうなら、MSじゃなくて、SMだよ」
私「そっちに行くか?」
W「サスペンス&ミステリーの方だよ、バカ(^_^)」
私「自分で茶化してどうする? MSゴシップな話か?」
W「なんだそりゃ? さぶっ」
私「奥さんとはうまくいってるのかい?」
W「まぁまぁさ。セックスレスにはなったけどね。それでも夫婦仲は円満さ」
私「じゃ、愛のあるユニークで豊かな所帯だな」
W「なんだそりゃ?」
私「すまん。業界ネタだ。デリートしてくれ」
W「Sさんは社長の秘書なんだ。秘書だからというのもあるが、四六時中社長と行動をともにしている。朝、出勤するのも一緒だし、昼も夜も食事をともにしているし、帰るときも一緒だ。だが、秘書であるだけではなく、男女の関係にあるだろうことは容易に想像がつくだろう?」
私「まぁ、そうだろうね」
W「社員の間では、社長とSさんは内縁の夫婦だという認識なんだ」
私「それが問題なのか?」
W「いや、そこにMさんが関わってくる。SさんもMさんもバツイチで現在は独身で、社長もバツイチで独身。だから、不倫とかいうことではないし、恋愛は自由だと思うよ」
私「Mさんがどう関わるんだ?」
W「最近、社長がSさんだけではなく、Mさんともランチやディナーに一緒に行ってるんだ。ほぼ毎日」
私「なるほど、食事に誘うというのは、社内恋愛の顕著な兆候だからね。つまり、二人の女性と?」
W「そこなんだよ。Mさんはうちの部署では年長の女性で、他の女性社員の実質的な上司なんだ。社長とランチに行くようになって、他の女性社員がMさんと距離を置くようになった」
私「みんな察してるんだろうね」
W「だと思う。オレには女性社員の間に、目には見えないが明確な線引きがされているように感じる。まずいんだよ、雰囲気が」
私「女性の方が、そういうのには敏感だしね」
W「社長は自分からMさんを直接誘うわけにはいかないから、SさんにMさんを誘わせている」
私「複雑だな。SとMの関係が険悪なのか?」
W「それが、そうでもないんだ。SとMはけっこう仲が良くて、楽しそうに会話していたりする。本音はともかく、俺たちの前では仲良しなんだ」
私「Mさんと社長の関係はどこまで進んでるんだ?」
W「それはわからない。想像でしかないが、たぶんエッチな関係になっているんじゃないかと。彼女の社長を見る目が違うし、話し方も以前に比べてやけにくだけた感じになった」
私「社長は両手に花というわけだ」
W「うらやましい話だよ」
私「その社長って歳は? けっこうお盛んだな」
W「50ちょっとだよ。俺たちとたいして違わない」
私「へぇ〜、もっとエロ爺を想像してた」
W「エロも好きなんだろうが、バリバリの仕事人間だよ。でなきゃ、社長なんてやってないさ」
私「まぁ、そうだろうね。君が察しているわけだから、SもMも互いが社長とどういう関係になっているか、わかっているわけだ」
W「だと思う。それで納得できるのが解せないが」
私「地位もお金もあるといのが要因かもね。社長の女であるということで、社内的な影響力も増すだろうから」
W「その影響は出始めてるよ」
私「困った問題だね」
W「オレが困ってるのは、そのことじゃないんだ」
私「え? というと?」
W「オレは……、Mさんのことが好きなんだ」
私「おいおい(^_^;」
W「不倫したいとかそういうことじゃないんだ。たまにランチに行ったり、飲みに行ったり、その程度のことさ。でも、彼女が社長の女だとすると、軽々しく声を掛けたりできないじゃないか」
私「下心がない? いつからそんな紳士になったんだ?(^_^)」
W「ああ、認めるよ。下心はあったさ。ただ、彼女との距離が遠くなってしまうことが寂しいんだ」
私「どうしたいんだよ?」
W「自分でもわからない」
私「オレに話して、少しは気が楽になったか?」
W「ああ、すまん。愚痴を言いたかっただけかもしれん」
かなり脚色しているが、大筋ではそんな話だ(^^)。
その後、どうなっているのかは知らされていない。
学生時代はクラスメート、会社に入れば社内の男女関係というのは、恋愛に発展するかどうかは別にしても、なにかと影響する。
マドンナ的な女性はたいていいるものだし、その女性の存在が社内の空気を左右したりする。
Wが気にしているのは、Mさんが社長の女になったことで、職場の空気が乱れていることなのだろう。
職場の関係というのは、時間的なことからいえば、8時間労働で1日の3分の1、残業が4時間あれば半分をともに過ごすことになる。そういう意味では、夫婦で一緒に過ごすよりも長い時間である。
それだけ、社内の人間関係は影響力が大きいともいえる。
話が大幅にそれてしまったような気がするが、恋する脳は悩ましいのだ(^^)。
「愛なんて結局は脳内の化学反応の変化にすぎない」ということもある。
いずれにしても、異性は気になるものではある。
職場に男だけ、女だけという環境よりも、比率はともかく男性と女性がいる方が、士気が上がるということはあるようだ。恋愛というほど強い関係ではなくても、異性がいることで脳が活性化するからだろう。
このネタは、もっと前にピックアップしていたのだが、他の記事が先になってしまっていた。
恋愛の場合には、脳の活性化はより顕著らしい……という記事。
【10】恋をすると、脳の処理能力もアップする?:NBonline(日経ビジネス オンライン)
ところが最近の脳研究から、「愛」はもっと異なった能力も同時に私たちにもたらしてくれることが明らかになっている。恋をすると、相手に尽くす勇気が増すだけでなく、脳の処理能力も上昇するというのだ。これはカリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学者グラフトン博士らが昨年発表した研究である。
(中略)
興味深いことに、恋人の名前が画面にサブリミナル表示されると、紡錘状回や角回といった大脳皮質領域に加えて、モチベーションに関わる脳深部が活性化する。どうやら「恋愛」は計り知れないパワーを秘めているようだ。
なるほど、納得……という研究だ。
体験的な感覚としてはわかっていることでも、科学的に検証することは難しいという一例だろう。
と、この記事を読んで、関連する記事をどこかで読んだ気がして探した。
それが以下。
夫婦壮絶バトル!「ゴミ出しで怒り狂う女」vs「指示待ち人間になる男」|働く男女の「取扱説明書」|ダイヤモンド・オンライン
たしかに総務省の調べでは、3歳未満の子どもがいる共働き世帯の1日あたりの家事時間は、夫が30分なのに対し、妻は3時間4分。子どもがいない共稼ぎ夫婦の場合も、夫が25分、妻が3時間3分と圧倒的に長い。
(中略)
教授によると、男性の脳は休息しているとき、ほとんど「居眠り状態」になることがある。いざというとき天敵と闘うため、あるいは危険から身を守るため、エネルギーを蓄えようとしているのだ。
「居眠り状態」の男性は、本能的な反応をつかさどる脳幹で情報処理を行っている。当然、家事をやろうなんていう気も起きない。ぼんやりテレビを見て、ごろごろしているだけだ。
ところが女性の脳は休息中も活発に活動する。情報処理が行われるのは帯状回という、大脳辺縁系の部位で感情と情動の中枢だ。
こちらは夫婦間での脳の活動だ。
もっとも、うちの夫婦には当てはまらないが(^_^)
というのは、炊事と掃除は私がやっているからだ。家事で妻がするのは洗濯だけである。洗濯は洗濯機に洗濯物を入れてスイッチを押すだけ。洗い終わったら干すだけという、単純な作業なので不器用な妻でもできるのだ(^_^)。
仕事から帰宅するのは妻の方が早い。
私が帰宅するのは、早いときでも妻より1〜2時間は遅い。帰宅途中に携帯メールで帰ることを伝え、飯を炊くことを指示する。炊飯器に米を入れて炊くくらいは簡単だからだ。
最寄り駅で下車すると、駅に隣接するスーパーでおかずの材料を買って帰り、帰宅すると即座に料理を始める。
私がおかずを作らないと、晩ご飯にならないからだ。
残業になったときには、私が帰るまで妻はお腹を空かせて待っている。だから、なるべく早く帰るように心がけている。
……と、そんな話を、少し前に友人(以下W)にしたところ、
W「愛妻家だねー」
といわれた。
私「そりゃそーさ。好きでなきゃ、20年も一緒に生活できないだろ」
Wとは古くからからの友人だが、このところ久しく会っていなかった。久しぶりに連絡をくれたと思ったら、
W「ちょっと飲みに行かないか?」
私「オレが下戸なのは知ってるだろうが」
W「まぁ、そういわずに、オレの話を聞いてくれよ」
というわけで、仕事帰りにアルコールも出してくれるカフェで会った。
それで互いの近況を話しているときに、前述の話題になった。
私「そっちはどうなんだよ? 子どもも大きくなっただろう? そろそろ高校生か?」
W「なかなか大変だよ。教育費がこんなにかかるなんて、結婚前は考えてなかった。家計は四苦八苦だよ」
私「話というのは、そのことなのか?」
W「いや、違う」
Wはしばらく言葉を切った。話そうかどうか迷っているかのようだ。
やがて、Wは重そうに口を開いた。
W「じつは、社内の人間関係で悩んでいるんだ」
私は軽くうなずいて、彼が先を続けるのを待った。彼の話し方は心得ていた。前振りが長く、なかなか核心を話さないやつなのだ。
W「会社にMさんとSさんという女性がいるんだが……」
おや、女の話か。
私「M嬢にS嬢か。マイクロソフトの策略か?」
W「茶化すなよ。それをいうなら、MSじゃなくて、SMだよ」
私「そっちに行くか?」
W「サスペンス&ミステリーの方だよ、バカ(^_^)」
私「自分で茶化してどうする? MSゴシップな話か?」
W「なんだそりゃ? さぶっ」
私「奥さんとはうまくいってるのかい?」
W「まぁまぁさ。セックスレスにはなったけどね。それでも夫婦仲は円満さ」
私「じゃ、愛のあるユニークで豊かな所帯だな」
W「なんだそりゃ?」
私「すまん。業界ネタだ。デリートしてくれ」
W「Sさんは社長の秘書なんだ。秘書だからというのもあるが、四六時中社長と行動をともにしている。朝、出勤するのも一緒だし、昼も夜も食事をともにしているし、帰るときも一緒だ。だが、秘書であるだけではなく、男女の関係にあるだろうことは容易に想像がつくだろう?」
私「まぁ、そうだろうね」
W「社員の間では、社長とSさんは内縁の夫婦だという認識なんだ」
私「それが問題なのか?」
W「いや、そこにMさんが関わってくる。SさんもMさんもバツイチで現在は独身で、社長もバツイチで独身。だから、不倫とかいうことではないし、恋愛は自由だと思うよ」
私「Mさんがどう関わるんだ?」
W「最近、社長がSさんだけではなく、Mさんともランチやディナーに一緒に行ってるんだ。ほぼ毎日」
私「なるほど、食事に誘うというのは、社内恋愛の顕著な兆候だからね。つまり、二人の女性と?」
W「そこなんだよ。Mさんはうちの部署では年長の女性で、他の女性社員の実質的な上司なんだ。社長とランチに行くようになって、他の女性社員がMさんと距離を置くようになった」
私「みんな察してるんだろうね」
W「だと思う。オレには女性社員の間に、目には見えないが明確な線引きがされているように感じる。まずいんだよ、雰囲気が」
私「女性の方が、そういうのには敏感だしね」
W「社長は自分からMさんを直接誘うわけにはいかないから、SさんにMさんを誘わせている」
私「複雑だな。SとMの関係が険悪なのか?」
W「それが、そうでもないんだ。SとMはけっこう仲が良くて、楽しそうに会話していたりする。本音はともかく、俺たちの前では仲良しなんだ」
私「Mさんと社長の関係はどこまで進んでるんだ?」
W「それはわからない。想像でしかないが、たぶんエッチな関係になっているんじゃないかと。彼女の社長を見る目が違うし、話し方も以前に比べてやけにくだけた感じになった」
私「社長は両手に花というわけだ」
W「うらやましい話だよ」
私「その社長って歳は? けっこうお盛んだな」
W「50ちょっとだよ。俺たちとたいして違わない」
私「へぇ〜、もっとエロ爺を想像してた」
W「エロも好きなんだろうが、バリバリの仕事人間だよ。でなきゃ、社長なんてやってないさ」
私「まぁ、そうだろうね。君が察しているわけだから、SもMも互いが社長とどういう関係になっているか、わかっているわけだ」
W「だと思う。それで納得できるのが解せないが」
私「地位もお金もあるといのが要因かもね。社長の女であるということで、社内的な影響力も増すだろうから」
W「その影響は出始めてるよ」
私「困った問題だね」
W「オレが困ってるのは、そのことじゃないんだ」
私「え? というと?」
W「オレは……、Mさんのことが好きなんだ」
私「おいおい(^_^;」
W「不倫したいとかそういうことじゃないんだ。たまにランチに行ったり、飲みに行ったり、その程度のことさ。でも、彼女が社長の女だとすると、軽々しく声を掛けたりできないじゃないか」
私「下心がない? いつからそんな紳士になったんだ?(^_^)」
W「ああ、認めるよ。下心はあったさ。ただ、彼女との距離が遠くなってしまうことが寂しいんだ」
私「どうしたいんだよ?」
W「自分でもわからない」
私「オレに話して、少しは気が楽になったか?」
W「ああ、すまん。愚痴を言いたかっただけかもしれん」
かなり脚色しているが、大筋ではそんな話だ(^^)。
その後、どうなっているのかは知らされていない。
学生時代はクラスメート、会社に入れば社内の男女関係というのは、恋愛に発展するかどうかは別にしても、なにかと影響する。
マドンナ的な女性はたいていいるものだし、その女性の存在が社内の空気を左右したりする。
Wが気にしているのは、Mさんが社長の女になったことで、職場の空気が乱れていることなのだろう。
職場の関係というのは、時間的なことからいえば、8時間労働で1日の3分の1、残業が4時間あれば半分をともに過ごすことになる。そういう意味では、夫婦で一緒に過ごすよりも長い時間である。
それだけ、社内の人間関係は影響力が大きいともいえる。
話が大幅にそれてしまったような気がするが、恋する脳は悩ましいのだ(^^)。
(23:58)
2008年08月14日
五輪のサッカー男子……。
惨敗だった。
負けるべくして負けたという感じだった。
U23ということもあるが、日本が世界のレベルでけっして強いわけではないのは、わかっていたこと。FIFAランキングでは、わりと上の方にいることになっているが、それが順位の付け方のマジックだということは、以前のエントリーでも触れた。
●FIFAランキングについての考察(みたいなもの)
●FIFAランキングについての考察(その2)
●FIFAランキングの偏差値(2008/07)
私が提唱した「均等化順位」で見れば、日本は70位くらいにいる。100位以内で見れば、世界の半分のレベルにも達していないのだ。
他国がオーバーエイジをフルに使って、強い国ですらさらに勝つための最大限の対策をしているのに、日本はそれすらもしなかった。オーバーエイジを使えば勝てたわけではないが、オプションは活用すべきだっただろう。遠藤や大久保は使えなかったが、ほかにも呼べる選手はいたのではないか? いなくても勝てると踏んでいたとしたら、あまりにも甘かったように思う。
三敗後の監督の発言が、日本のチームの姿勢を物語っているように思う。
スポーツナビ | 北京五輪 | コラム|オランダ戦後 反町監督&西川会見
「悔いはない」……なんだか、情けないというか、戦う姿勢が感じられない発言だ。
「悔いる」とは、
ことである。
その悔いがないということは、別の処理をする必要はなかった思っていることであり、残念にも思っていないということになる。
そうなのか?
悔しがれよ!
応援していたファンは、悔しがっているだろうに。私だってそうだ。
当事者の監督が悔しくないというのは、問題ではないだろうか?
これが高校サッカーだったら、一生懸命やったからよかったね……でもいいかもしれないが、彼らはサッカーのプロなのだ。五輪はアマチュアの大会という形は取っているものの、実質はプロの戦いだ。
プロがプロたるゆえんは、結果で評価してもらうことだ。勝てば勝ち点3、引き分けで1、負けで0、それが評価だ。
「連動性のある攻撃をするという姿勢」が良かったかどうかは、勝ち点を取ったときに初めて評価されるものだろう。点が取れなかったのは、評価できるほどのレベルには達していなかったということだ。
戦いを見ていて、プロに対して高校生が試合をしているような錯覚に陥った。U23だけでチームを作ったことで、よけいにそんな感じがした。
初戦に負けたとき、
「あ、これはもう勝てないな……」と思った。
W杯でも、フランス大会とドイツ大会のときに、初戦に負けて、次戦からの立て直しができなかった。初戦で負けたことでガタガタになってしまった。
今回の五輪も同じだった。
言葉では、「気持ちを切り替えて」とはいうものの、負けたことを引きずってしまっていたのだろう。というより、勝てる気がしなくなってしまったのかもしれない。見ている方も、勝てる気がしなかった。その淡い予感すらなかった。
選手のコメントがいくつか記事になっているが、「いい経験になった」とか「次に活かしたい」とか謙虚なものが多かった。
「悔しい」という言葉もあるが、それほど悔しがっているようには受け取れないのはなぜだろう? 取材に対して冷静に対処している部分もあるとは思うが、どれほど悔しいのか激白する選手がいてもいいのではないか?
日本に足りなかったもの。
それは、とことん悔しがる激情なのではないか?
監督も選手も、負けてクールなのが、意気込みはそんな程度だったのか……と思えてしまった。
惨敗だった。
負けるべくして負けたという感じだった。
U23ということもあるが、日本が世界のレベルでけっして強いわけではないのは、わかっていたこと。FIFAランキングでは、わりと上の方にいることになっているが、それが順位の付け方のマジックだということは、以前のエントリーでも触れた。
●FIFAランキングについての考察(みたいなもの)
●FIFAランキングについての考察(その2)
●FIFAランキングの偏差値(2008/07)
私が提唱した「均等化順位」で見れば、日本は70位くらいにいる。100位以内で見れば、世界の半分のレベルにも達していないのだ。
他国がオーバーエイジをフルに使って、強い国ですらさらに勝つための最大限の対策をしているのに、日本はそれすらもしなかった。オーバーエイジを使えば勝てたわけではないが、オプションは活用すべきだっただろう。遠藤や大久保は使えなかったが、ほかにも呼べる選手はいたのではないか? いなくても勝てると踏んでいたとしたら、あまりにも甘かったように思う。
三敗後の監督の発言が、日本のチームの姿勢を物語っているように思う。
スポーツナビ | 北京五輪 | コラム|オランダ戦後 反町監督&西川会見
反町 3試合でいい結果は出ませんでしたが、リスクを冒して攻める、連動性のある攻撃をするという姿勢に関しては評価していいと思う。戦い方に悔いは残っていない。
「悔いはない」……なんだか、情けないというか、戦う姿勢が感じられない発言だ。
「悔いる」とは、
失敗したり、うまくゆかなかったりしたことについて、別の処理をしておけばよかった、とあとになって残念に思う。くやしく思う。後悔する
ことである。
その悔いがないということは、別の処理をする必要はなかった思っていることであり、残念にも思っていないということになる。
そうなのか?
悔しがれよ!
応援していたファンは、悔しがっているだろうに。私だってそうだ。
当事者の監督が悔しくないというのは、問題ではないだろうか?
これが高校サッカーだったら、一生懸命やったからよかったね……でもいいかもしれないが、彼らはサッカーのプロなのだ。五輪はアマチュアの大会という形は取っているものの、実質はプロの戦いだ。
プロがプロたるゆえんは、結果で評価してもらうことだ。勝てば勝ち点3、引き分けで1、負けで0、それが評価だ。
「連動性のある攻撃をするという姿勢」が良かったかどうかは、勝ち点を取ったときに初めて評価されるものだろう。点が取れなかったのは、評価できるほどのレベルには達していなかったということだ。
戦いを見ていて、プロに対して高校生が試合をしているような錯覚に陥った。U23だけでチームを作ったことで、よけいにそんな感じがした。
初戦に負けたとき、
「あ、これはもう勝てないな……」と思った。
W杯でも、フランス大会とドイツ大会のときに、初戦に負けて、次戦からの立て直しができなかった。初戦で負けたことでガタガタになってしまった。
今回の五輪も同じだった。
言葉では、「気持ちを切り替えて」とはいうものの、負けたことを引きずってしまっていたのだろう。というより、勝てる気がしなくなってしまったのかもしれない。見ている方も、勝てる気がしなかった。その淡い予感すらなかった。
選手のコメントがいくつか記事になっているが、「いい経験になった」とか「次に活かしたい」とか謙虚なものが多かった。
「悔しい」という言葉もあるが、それほど悔しがっているようには受け取れないのはなぜだろう? 取材に対して冷静に対処している部分もあるとは思うが、どれほど悔しいのか激白する選手がいてもいいのではないか?
日本に足りなかったもの。
それは、とことん悔しがる激情なのではないか?
監督も選手も、負けてクールなのが、意気込みはそんな程度だったのか……と思えてしまった。
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