猫・動物
2008年05月19日
都会は、猫にとって住みにくい環境になってきたようだ。
「最近、野良猫をあまりみかけないね」と、ある友人がいった。
うちの近所でも、以前ほど野良猫は見かけなくなったが、いないわけではない。
その第一の条件は「食べ物」があることだ。
環境問題のこともあって、ゴミの分別が厳しくなり、むやみにゴミを出す人が少なくなった。そのことは街の環境美化にはいいことなのだが、残飯をあさる猫たちには食料源が少なくなったことを意味する。
野良猫たちは食料をどこから調達するかといえば、野良猫の世話をするボランティアの人たちが、重要な供給源になっているのだ。
うちの近所にも、そういう世話好きの人がいて、餌をくれる場所に野良猫たちが集まってくる。
そんな野良猫に関する記事。
憂楽帳:猫のいない街 - 毎日jp(毎日新聞)
短い記事なので、全文を引用した。
記事にもあるように、野良猫に寛容になれない街は、人に対しても寛容になれない街だろうと思う。動物虐待事件が起きるような街では、必ずといっていいほど凶悪な事件も起きている。
野良猫は自由だ……といった比喩もされるが、現在の野良猫たちの環境は、美化するほど自由ともいえない。
野良猫の平均的な寿命は、3.5年といわれている。
食料が少なく栄養失調の猫が多く、猫の不治の病である猫白血病や猫エイズなどの病気も蔓延しているし、交通事故も多い。
適切な環境の飼い猫であれば、10〜12年は生きられるが、野良猫たちは短命なのだ。それが「自由」の引き替えである。
また、猫よけペットボトルをいまだに置いている人がいることにも驚く。
まったく意味がないものであり、そこに住む人の無知とバカさ加減を露呈しているだけだ。
うちの最寄り駅の駅前通りでは、猫をキャラクターとして、イベントをやったりしている。だが、野良猫が住みやすい街かというと、そうともいえないのが現状だろう。
「最近、野良猫をあまりみかけないね」と、ある友人がいった。
うちの近所でも、以前ほど野良猫は見かけなくなったが、いないわけではない。
その第一の条件は「食べ物」があることだ。
環境問題のこともあって、ゴミの分別が厳しくなり、むやみにゴミを出す人が少なくなった。そのことは街の環境美化にはいいことなのだが、残飯をあさる猫たちには食料源が少なくなったことを意味する。
野良猫たちは食料をどこから調達するかといえば、野良猫の世話をするボランティアの人たちが、重要な供給源になっているのだ。
うちの近所にも、そういう世話好きの人がいて、餌をくれる場所に野良猫たちが集まってくる。
そんな野良猫に関する記事。
憂楽帳:猫のいない街 - 毎日jp(毎日新聞)
憂楽帳:猫のいない街
先日、仕事のあと会社近くで同僚と軽く食事をし、終電の時刻も過ぎていたので30分あまりかけて歩いて帰宅したときのこと。途中、10坪にも満たない小さな公園で猫が2匹、じゃれ合っているのが見えた。民家はほとんどない地域だが、近くに飼い主か猫好きの人が住んでいるのだろう。
最近、雑誌などの街歩きの特集で、「路地に猫の姿が多い」ことを魅力の一つに挙げるケースが増えているようだ。一方、鳴き声がうるさいとか悪臭をもたらすなどの理由で猫を嫌う人も少なくない。しかし個人的には、大声で話しながら道を歩く若者や夜中に騒ぐ酔っ払いと違い、猫のすることは大目に見てやりたいと思う。
地域によっては、家ごとに犬や猫よけのペットボトルが置いてあって、猫にはすみにくいだろうなあと感じる街もある。住民の側にも言い分はあるのだろうが、歩いていて何とも寂しい。
大げさに言えば、猫のいない街は、他者にどこまで寛容になれるのか、私たち人間に無言で問いかけているような気がする。【関岡潮】
短い記事なので、全文を引用した。
記事にもあるように、野良猫に寛容になれない街は、人に対しても寛容になれない街だろうと思う。動物虐待事件が起きるような街では、必ずといっていいほど凶悪な事件も起きている。
野良猫は自由だ……といった比喩もされるが、現在の野良猫たちの環境は、美化するほど自由ともいえない。
野良猫の平均的な寿命は、3.5年といわれている。
食料が少なく栄養失調の猫が多く、猫の不治の病である猫白血病や猫エイズなどの病気も蔓延しているし、交通事故も多い。
適切な環境の飼い猫であれば、10〜12年は生きられるが、野良猫たちは短命なのだ。それが「自由」の引き替えである。
また、猫よけペットボトルをいまだに置いている人がいることにも驚く。
まったく意味がないものであり、そこに住む人の無知とバカさ加減を露呈しているだけだ。
うちの最寄り駅の駅前通りでは、猫をキャラクターとして、イベントをやったりしている。だが、野良猫が住みやすい街かというと、そうともいえないのが現状だろう。
(11:18)
2008年05月09日
アニメがらみで「猫」と「記憶」の話。
先シーズンに放映されていたアニメの、『ef - a tale of memories』
ef - a tale of memories 先日書いた「true tears」と同様に、学園を舞台とした恋愛ものだった。キャラクターの設定で、特異な状況が背景としてあるのも、「true tears」に似ていた。
また、「true tears」で「絵本」が重要な役割を果たしたように、『ef - a tale of memories』では、作中のキャラクターが書く「小説」が心理的な情景を象徴するものとなっていた。
こうした「劇中劇」的な手法は、わりとよく使われる。うまく使えば、物語の伏線として効果的になる。
『ef - a tale of memories』の原作はPCゲームということだが、ゲームの方は18禁のソフトなエロゲーに属する。しかし、アニメの方はエッチな要素は抑えられ、純愛ものに近いストーリー展開だった。
物語は、2人の少年……紘(ひろ)と蓮治(れんじ)を軸とした、2つの視点から2つの展開がされていく。キャラクターの接点はあるが、2つの物語が同時進行していく形だ。
その蓮治サイドに登場する少女「千尋」が、この作品のイメージを決定づけているといってもいいだろう。
千尋は新しい記憶が13時間しか持続しないという設定になっていた。
半日前の記憶は消えてしまうので、日記帳に記憶を書き留めていた。13時間後にリセットされると、記憶障害になる以前の状態に戻ってしまう。
半日前、1日前、1週間前に自分がなにをしていたか?……というのは、じつのところ厳密に記憶していることは希だろう。
記憶は機械的な記録メディアのように、情報を正確に記録しているわけではない。ある手掛かりから関連するイメージを、思い出したときに再構築するのが記憶だ。つまり、思い出すたびにイメージを書き直しているわけで、時間の経過とともに記憶は変化していく。
人間は「過去」「現在」「未来」という、時間の時系列を認識できるので、記憶を時系列で整理して覚えていられる。
だが、猫にはそんな能力というか意識はない。
時系列で考えるというのは、論理的な思考である。猫はそんな思考はしない。
「猫は三歩歩いたら忘れる」ともいうが、猫たちにも記憶はある。ただ、その記憶に「時間」の概念がないだけだ。
猫たちの生きる世界は、「現在」だけの世界だろう。
記憶はあっても、それが「過去」という認識はしていないはずだ。あることを覚えていても、それは現在のその時点での有効な知恵としての記憶であり、過去という引き出しから出してきたものではない。
昨日のことは覚えていなくても、水がどこにあるか、トイレがどこにあるか、食べ物がどこにあるかはわかる。
私たちのことは覚えていて、帰宅すれば喜んで迎えてくれる。しかし、昨日いっしょに遊んだことなどは覚えてはいないだろう。猫たちにとって、私たちはいっしょに遊んでくれる相手であり、いっしょに寝る相手であり、ご飯をくれる相手であり……と、過去の経験から学んだ記憶が、今現在の行動に反映されているにすぎない。時系列で整理される記憶ではなく、ごちゃごちゃになった記憶が必要なときに行動を決定をする条件になっている……ということだと思う。
人は「整理された記憶」によって、人格を形成したり、周囲との関わりを認識する。それは継続される社会性を求めているからだ。
猫のように生きるのであれば、新しい記憶が13時間しか保たなくても問題はない。
千尋が記憶が消えてしまうことに絶望を感じてしまうのは、人であるがゆえの社会性を必要としているからだ。
『ef - a tale of memories』の物語は、救いのある結末で終える。
千尋の記憶障害が治ることはないかもしれないが、彼女の存在は観た人たちの記憶に鮮明に刻まれることは確かだろう。
先シーズンに放映されていたアニメの、『ef - a tale of memories』
ef - a tale of memories 先日書いた「true tears」と同様に、学園を舞台とした恋愛ものだった。キャラクターの設定で、特異な状況が背景としてあるのも、「true tears」に似ていた。また、「true tears」で「絵本」が重要な役割を果たしたように、『ef - a tale of memories』では、作中のキャラクターが書く「小説」が心理的な情景を象徴するものとなっていた。
こうした「劇中劇」的な手法は、わりとよく使われる。うまく使えば、物語の伏線として効果的になる。
『ef - a tale of memories』の原作はPCゲームということだが、ゲームの方は18禁のソフトなエロゲーに属する。しかし、アニメの方はエッチな要素は抑えられ、純愛ものに近いストーリー展開だった。
物語は、2人の少年……紘(ひろ)と蓮治(れんじ)を軸とした、2つの視点から2つの展開がされていく。キャラクターの接点はあるが、2つの物語が同時進行していく形だ。
その蓮治サイドに登場する少女「千尋」が、この作品のイメージを決定づけているといってもいいだろう。
千尋は新しい記憶が13時間しか持続しないという設定になっていた。
半日前の記憶は消えてしまうので、日記帳に記憶を書き留めていた。13時間後にリセットされると、記憶障害になる以前の状態に戻ってしまう。
半日前、1日前、1週間前に自分がなにをしていたか?……というのは、じつのところ厳密に記憶していることは希だろう。
記憶は機械的な記録メディアのように、情報を正確に記録しているわけではない。ある手掛かりから関連するイメージを、思い出したときに再構築するのが記憶だ。つまり、思い出すたびにイメージを書き直しているわけで、時間の経過とともに記憶は変化していく。
人間は「過去」「現在」「未来」という、時間の時系列を認識できるので、記憶を時系列で整理して覚えていられる。
だが、猫にはそんな能力というか意識はない。
時系列で考えるというのは、論理的な思考である。猫はそんな思考はしない。
「猫は三歩歩いたら忘れる」ともいうが、猫たちにも記憶はある。ただ、その記憶に「時間」の概念がないだけだ。
猫たちの生きる世界は、「現在」だけの世界だろう。
記憶はあっても、それが「過去」という認識はしていないはずだ。あることを覚えていても、それは現在のその時点での有効な知恵としての記憶であり、過去という引き出しから出してきたものではない。
昨日のことは覚えていなくても、水がどこにあるか、トイレがどこにあるか、食べ物がどこにあるかはわかる。
私たちのことは覚えていて、帰宅すれば喜んで迎えてくれる。しかし、昨日いっしょに遊んだことなどは覚えてはいないだろう。猫たちにとって、私たちはいっしょに遊んでくれる相手であり、いっしょに寝る相手であり、ご飯をくれる相手であり……と、過去の経験から学んだ記憶が、今現在の行動に反映されているにすぎない。時系列で整理される記憶ではなく、ごちゃごちゃになった記憶が必要なときに行動を決定をする条件になっている……ということだと思う。
人は「整理された記憶」によって、人格を形成したり、周囲との関わりを認識する。それは継続される社会性を求めているからだ。
猫のように生きるのであれば、新しい記憶が13時間しか保たなくても問題はない。
千尋が記憶が消えてしまうことに絶望を感じてしまうのは、人であるがゆえの社会性を必要としているからだ。
『ef - a tale of memories』の物語は、救いのある結末で終える。
千尋の記憶障害が治ることはないかもしれないが、彼女の存在は観た人たちの記憶に鮮明に刻まれることは確かだろう。
(18:04)
2008年04月23日
現在、わが家に新たな居候猫が1匹いる。
19日の土曜日に妻が近所で保護した、尻尾の長い黒猫である。とりあえずの名前が「しっぽ」
保護したその足で動物病院へ直行し、ノミ取りと健康診断(病気の検査)を受け、検査結果が出るまでは、うちのケージの中で隔離されていた。
昨日、検査結果が出て、すべてクリア。
これでケージから出して、他の猫たちと接触しても問題がない。
「しっぽ」は洋猫との雑種のようで、尻尾が普通の日本猫に比べて長い。それで名前を「しっぽ」としてある。
いちおう、これから里親を捜す予定だが、それまではわが家にホームステイだ。
病院代は妻の自腹。そうまでして猫を保護し、里親を捜すのは妻の使命感というか趣味である(^_^;
「しっぽ」は、もともと人懐こい猫だ。それでも爪切りは嫌なようで、伸び放題の爪を切るのに難儀している。
とはいえ、この猫だったら、里親に出しても慣れるのは早いと思う。
猫とつきあうには、猫の特性を知る必要があるが、犬と同じような反応を期待する人も少なくない。
猫は猫なのであるという一例。
ペットナビ:なついてくれない我が家の猫。何とか手なずけたい。 - 毎日jp(毎日新聞)
……というのが、一般的な猫に対する理解だろう。
「手なずける」という発想自体が間違っている。
だが、うちの猫たちはちょっと違う。
12匹の猫たちで、性格や行動パターンはそれぞれで異なるが、上記のような猫ばかりではない。
毎日、帰宅すると玄関まで出迎えに来る猫が数匹いる。まるで犬のように、待ってましたとばかりに愛想がいいのだ。
また、ベッタリと張りついたまま、長い時間そばにいる猫もいる。
夜、寝るときに、布団に入り込んできて、一緒に寝る猫もいる。布団好きの猫は5匹いて、早い者勝ちで毎晩場所取り合戦だ。ときには、3匹が同時に布団に入っていることもある。
うちの猫たちは、けっこうベタベタである(^_^)
19日の土曜日に妻が近所で保護した、尻尾の長い黒猫である。とりあえずの名前が「しっぽ」
保護したその足で動物病院へ直行し、ノミ取りと健康診断(病気の検査)を受け、検査結果が出るまでは、うちのケージの中で隔離されていた。
昨日、検査結果が出て、すべてクリア。
これでケージから出して、他の猫たちと接触しても問題がない。
「しっぽ」は洋猫との雑種のようで、尻尾が普通の日本猫に比べて長い。それで名前を「しっぽ」としてある。
いちおう、これから里親を捜す予定だが、それまではわが家にホームステイだ。
病院代は妻の自腹。そうまでして猫を保護し、里親を捜すのは妻の使命感というか趣味である(^_^;
「しっぽ」は、もともと人懐こい猫だ。それでも爪切りは嫌なようで、伸び放題の爪を切るのに難儀している。
とはいえ、この猫だったら、里親に出しても慣れるのは早いと思う。
猫とつきあうには、猫の特性を知る必要があるが、犬と同じような反応を期待する人も少なくない。
猫は猫なのであるという一例。
ペットナビ:なついてくれない我が家の猫。何とか手なずけたい。 - 毎日jp(毎日新聞)
「人間に対するあいさつも、しっぽ一振り、体を寄せるのも2、3秒で十分に満足するのです」
……というのが、一般的な猫に対する理解だろう。
「手なずける」という発想自体が間違っている。
だが、うちの猫たちはちょっと違う。
12匹の猫たちで、性格や行動パターンはそれぞれで異なるが、上記のような猫ばかりではない。
毎日、帰宅すると玄関まで出迎えに来る猫が数匹いる。まるで犬のように、待ってましたとばかりに愛想がいいのだ。
また、ベッタリと張りついたまま、長い時間そばにいる猫もいる。
夜、寝るときに、布団に入り込んできて、一緒に寝る猫もいる。布団好きの猫は5匹いて、早い者勝ちで毎晩場所取り合戦だ。ときには、3匹が同時に布団に入っていることもある。
うちの猫たちは、けっこうベタベタである(^_^)
(13:16)
2008年03月11日
猫に関する記事には、アラートをかけていることもあって、多くを読んでいる。
ときどき、「それは違うよ」という猫に関する誤解も少なくない。
以下もそんな記事。
【町猫浪々】オスに生まれたからには - MSN産経ニュース
猫は群れを作らないし、犬のような上下関係や群れの順位もない。
したがって「ボス猫」というのは、存在しない。
縄張り争いはするが、強い猫だから、それが「ボス」というわけではないんだ。
犬の場合のボスは、群れを統率し、食べる順番や居場所の特権を得ることになる。
明確な順位があり、ボスの命令には従う。
犬が人間に従順なのは、犬たちにとって人間がボスになるからだ。
猫には犬のような主従関係や、他の猫との順位は明確ではない。
うちには12匹の猫たちがいるから、彼らがどういう猫関係にあるかがよくわかる。
強い猫はいる。
性格的に強気の猫、頭のいい猫、運動神経のいい猫、野性的な攻撃力のある猫が、強い猫になる。
弱い猫は強い猫にいじめられるが、それは一過性のものであって、常にいじめられているわけではない。
ときには、立場が逆転していることすらある。
強い猫にも弱点があり、簡単に形勢は逆転する。
いじめてばかりかと思うと、あるときは一緒に寄り添って寝ていたりもする。
猫たちの勢力図は、そのときそのときで変わっているのだ。
ときどき、「それは違うよ」という猫に関する誤解も少なくない。
以下もそんな記事。
【町猫浪々】オスに生まれたからには - MSN産経ニュース
知り合いの洋裁店で世話をされているシロ。まだ1歳にもならないというのに、早くもオトナの洗礼を受けていた。オスに生まれたからには避けて通れない、ボス猫との熾烈(しれつ)な縄張り争いである。
猫は群れを作らないし、犬のような上下関係や群れの順位もない。
したがって「ボス猫」というのは、存在しない。
縄張り争いはするが、強い猫だから、それが「ボス」というわけではないんだ。
犬の場合のボスは、群れを統率し、食べる順番や居場所の特権を得ることになる。
明確な順位があり、ボスの命令には従う。
犬が人間に従順なのは、犬たちにとって人間がボスになるからだ。
猫には犬のような主従関係や、他の猫との順位は明確ではない。
うちには12匹の猫たちがいるから、彼らがどういう猫関係にあるかがよくわかる。
強い猫はいる。
性格的に強気の猫、頭のいい猫、運動神経のいい猫、野性的な攻撃力のある猫が、強い猫になる。
弱い猫は強い猫にいじめられるが、それは一過性のものであって、常にいじめられているわけではない。
ときには、立場が逆転していることすらある。
強い猫にも弱点があり、簡単に形勢は逆転する。
いじめてばかりかと思うと、あるときは一緒に寄り添って寝ていたりもする。
猫たちの勢力図は、そのときそのときで変わっているのだ。
(14:46)
2008年02月22日
今日は猫の日だ。
2月22日が猫の日なのは、「ニャン、ニャン、ニャン」という鳴き声の語呂合わせだからだが、イタリアでは2月17日が猫の日だそうだ。
その理由というのが……
【外信コラム】イタリア便り 猫の日 - MSN産経ニュース
ということらしい。
猫の日に限らずだが、いろいろとある記念日の多くが、数字の読みの語呂合わせだ。深い意味のある物は少なく、輸入された記念日には成り立ちの背景があったりする。
もっとも、そうした後付けの記念日は、関連した業界の思惑から発生している。猫の日も、猫好きをターゲットに消費をあおっているようだ。
ともあれ、今日は猫たちのために、まぐろの刺身を買って帰ろう(^_^)
だが、うちの12匹の猫たちの全部が、刺身を好きなわけではない。2匹はまったく食べないし、1匹はそれほど好物ではない。
それでも、刺身が出てくると、大好きな猫たちは、我先にと大騒ぎだ。
彼らにはごちそうなのだ。
2月22日が猫の日なのは、「ニャン、ニャン、ニャン」という鳴き声の語呂合わせだからだが、イタリアでは2月17日が猫の日だそうだ。
その理由というのが……
【外信コラム】イタリア便り 猫の日 - MSN産経ニュース
今から約18年前、猫関係の専門雑誌が『猫の日』制定を呼びかけたら、全国の愛猫家からいろいろな意見が寄せられた。例えば、猫好きで有名なある聖人の祝日の5月26日や春は猫の繁殖期なので、春分の3月21日なども有力だったらしい。だが、結局は君が指摘したような理由で、『猫は7回生まれ変わる』、つまり、『不死身の動物』という俗説に準じて、この日に決まったらしいよ
ということらしい。
猫の日に限らずだが、いろいろとある記念日の多くが、数字の読みの語呂合わせだ。深い意味のある物は少なく、輸入された記念日には成り立ちの背景があったりする。
もっとも、そうした後付けの記念日は、関連した業界の思惑から発生している。猫の日も、猫好きをターゲットに消費をあおっているようだ。
ともあれ、今日は猫たちのために、まぐろの刺身を買って帰ろう(^_^)
だが、うちの12匹の猫たちの全部が、刺身を好きなわけではない。2匹はまったく食べないし、1匹はそれほど好物ではない。
それでも、刺身が出てくると、大好きな猫たちは、我先にと大騒ぎだ。
彼らにはごちそうなのだ。
(14:19)
2007年08月15日
「猫」のキーワードで引っかかったコラム記事。
だが、ここで取り上げられている戦時中の犬猫の供出による虐殺は、現在でも「処分」という名のもとに、公的機関で行われている。
再三書いていることであるが、その数は年間30万頭あまり。
数の上では大差はないが、その理由・動機は異なる。
livedoor ニュース - 62年前の悪夢…国家による犬猫の大虐殺
現在の犬猫虐殺の理由は、人間が捨てるからである。
捨てられてしまって、処分するために殺している。
しかも、これは毎年、毎年、数十万頭が殺されているのだ。虐殺の程度から言えば、戦時中の供出よりもはるかに多い。
記者はそのことを知ってか知らずか、触れていない。
数が物差しの一つであるなら、現代は戦時中よりも、もっと残酷な世の中とも言えると思う。
だが、ここで取り上げられている戦時中の犬猫の供出による虐殺は、現在でも「処分」という名のもとに、公的機関で行われている。
再三書いていることであるが、その数は年間30万頭あまり。
数の上では大差はないが、その理由・動機は異なる。
livedoor ニュース - 62年前の悪夢…国家による犬猫の大虐殺
1944年12月、大日本帝国政府は「犬猫供出命令」を発令した。撲殺や毒殺された犬猫は数万〜数十万匹と言われている。
07年1月21日7時、NHK総合のニュースの中で、『猫供出の思いを本に』というタイトルの番組が放送された。昭和20年、12歳のときの供出の体験を本にされたという滝島雅子さんという方が出演して、当時のことを話された。概略を紹介する。
当時、彼女の家はクロという猫を飼っていた。彼女はいつもクロと一緒に寝ていたそうだ。供出されることになり、親に言われて、仕方なくクロを袋に入れ、指定された場所に持っていった。棒を持った男が2人立っていて、まわりの雪は赤く染まっていた。彼女は渡さずに帰ろうとしたが非国民と言われ、やむを得ず渡した。クロはその場で撲殺された。
なんとも胸が痛くなる話である。これを単に戦争のせいだとして片付けてはならないと思う。背景にあるほかの多くの要素も見なくてはならない。
現在の犬猫虐殺の理由は、人間が捨てるからである。
捨てられてしまって、処分するために殺している。
しかも、これは毎年、毎年、数十万頭が殺されているのだ。虐殺の程度から言えば、戦時中の供出よりもはるかに多い。
記者はそのことを知ってか知らずか、触れていない。
数が物差しの一つであるなら、現代は戦時中よりも、もっと残酷な世の中とも言えると思う。
(12:12)
2007年07月26日
年間27万頭あまりの犬・猫が殺されている国……日本。
環境保護が声高に叫ばれているが、動物愛護の意識は、まだまだ低い。
動物を公的機関が虐殺していて、子どもに命の尊さを教えたりはできない。
誰かさんの言う「美しい国」は、動物を虐殺しない国であってほしいものだ。
厚労省が殺処分回避通達…「犬猫愛護令」に自治体困惑 : ニュース : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
すべての犬・猫を救うことは、残念ながらできない。
里親として飼える人たちよりも、捨てる人たちの方が圧倒的に多いからだ。
うちの猫たちは、拾ったり、里親募集で譲り受けたりして、11匹になった。
これが限界。これ以上は、飼えない。
私たち夫婦は、迷子になった猫を、探すための情報交換のサイトを運営している。
それが「迷い猫.NET」
今度、ペットの里親募集のためのサイトを新設する。
それが「もらい猫.NET」
ただいま準備中で、近々サイトをオープンする予定である。
これで、わずかでも救われる動物たちが増えることを願う。
環境保護が声高に叫ばれているが、動物愛護の意識は、まだまだ低い。
動物を公的機関が虐殺していて、子どもに命の尊さを教えたりはできない。
誰かさんの言う「美しい国」は、動物を虐殺しない国であってほしいものだ。
厚労省が殺処分回避通達…「犬猫愛護令」に自治体困惑 : ニュース : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
現代版の〈生類憐(あわ)れみの令〉というべきか。厚生労働省が5月、保健所などで殺処分される捕獲犬について「生存機会の拡大」を促す通達を出し、全国の自治体を困惑させている。年間30万匹を超える収容動物の取り扱いは都道府県などの保健所に委ねられているが、国からの補助金はないに等しく、新たな飼い主への譲渡を図るための予算も人手も足りない。「処分」から「愛護」へ。動物管理行政の転換に、自治体の悩みは深い。
□ ■
「処分は『殺処分』に限定するのではなく、新たな飼い主への譲渡も含まれる」。昨年12月の衆院環境委員会。狂犬病予防法にある「処分」の定義をただす民主党議員の質問に、厚労政務官はそう答弁した。
1995年に国が示した指針では「処分とは動物を致死させること」と明記。保健所などに収容された動物のうち犬は約7万匹、猫は約20万匹(いずれも2005年度)が殺処分されてきた。引き取り手が見つかる例もあるが、ほとんどが命を絶たれる背景には「処分=殺処分」という自治体側の認識がある。
これに対し、5月の同省通達は「自治体の判断で、生存の機会を与えるため飼養を延長できる」とした。
すべての犬・猫を救うことは、残念ながらできない。
里親として飼える人たちよりも、捨てる人たちの方が圧倒的に多いからだ。
うちの猫たちは、拾ったり、里親募集で譲り受けたりして、11匹になった。
これが限界。これ以上は、飼えない。
私たち夫婦は、迷子になった猫を、探すための情報交換のサイトを運営している。
それが「迷い猫.NET」
今度、ペットの里親募集のためのサイトを新設する。
それが「もらい猫.NET」
ただいま準備中で、近々サイトをオープンする予定である。
これで、わずかでも救われる動物たちが増えることを願う。
(17:06)
2007年06月22日
毛皮の服は、言い換えれば、動物の死骸の服。
それを喜んで着る人たちがいるのには驚く。
革製のカバンや靴も同等なのだが、考えてみると気持ち悪いものだ。
それが犬・猫となると、身近であるだけに、よけいに眉をひそめてしまう。
CNN.co.jp : 犬、猫の毛皮禁輸の法案を可決、EUの欧州議会 ? - ビジネス
中国は、粗悪品やコピー商品、食品の安全性で問題になっているが、その経済発展も自分で自分の首を絞めて、失速するのではないだろうか?
それにしても、犬猫の毛皮の需要があることにも驚く。
どうやら、より高価な毛皮の模造品としてのようだが。
とはいえ、犬猫を無惨に殺しているのは、日本も同じ。目的が違うとはいえ、おぞましい現実ではある。
それを喜んで着る人たちがいるのには驚く。
革製のカバンや靴も同等なのだが、考えてみると気持ち悪いものだ。
それが犬・猫となると、身近であるだけに、よけいに眉をひそめてしまう。
CNN.co.jp : 犬、猫の毛皮禁輸の法案を可決、EUの欧州議会 ? - ビジネス
フランス・ストラスブール――欧州連合(EU)の欧州議会は19日、犬、猫の毛皮を使った製品の域内への輸入を禁止する法案を賛成多数で可決した。EU加盟の各国政府の承認が必要。2009年の発効を目指している。
欧州委員会は、これら毛皮が異なる種類の毛皮との不当表示で一部の衣類、アクセサリーやおもちゃに使用されているとして禁輸を勧告していた。EU域内に輸出された犬、猫の毛皮の量は不明。中国が大手の輸出国となっている。
欧州議会の法案では、犬などの毛皮輸入は教育目的、はく製術での使途などに限り認められる。
動物保護団体などは、毛皮目的で殺される犬、猫は世界規模で毎年約200万匹と推定。中国では毎日、推定5400匹が犠牲になっているとしている。
中国は、粗悪品やコピー商品、食品の安全性で問題になっているが、その経済発展も自分で自分の首を絞めて、失速するのではないだろうか?
それにしても、犬猫の毛皮の需要があることにも驚く。
どうやら、より高価な毛皮の模造品としてのようだが。
とはいえ、犬猫を無惨に殺しているのは、日本も同じ。目的が違うとはいえ、おぞましい現実ではある。
(08:42)
2007年05月22日
ゲームやアニメで、ファンタジーは量産されている。
ファンタジーといっても、剣と魔法を駆使するファンタジーだ。
もともとは欧米の中世騎士物語あたりがルーツだが、日本に移植されるようになって独自の発展をとげているのが、和製ファンタジーだろう。
剣と魔法、妖精にモンスター、王権政治に階級社会、そして忘れてはならないのが宗教的な背景。
和製ファンタジーの場合、宗教的な背景は極めて薄くなる。本家のファンタジーは、キリスト教をベースにした宗教的な価値観から、世界観が構築されている。しかし、和製ものでは現実の日本がそうであるように、宗教観からはほど遠い世界になっていることが多い。
ものの考え方や価値観に大きな影響を及ぼす宗教は、中世的な世界観には欠かせない。貴族や平民といった階級社会に代表される中世的な世界観を構築する、根元でもあるからだ。
そして、人間以外の生き物たち……妖精やモンスターといった種族の存在も、土着的な宗教観から発生している。
と、そんなことに関連した記事があった。
オンラインゲーム & PCゲーム 情報サイト 4Gamer.net「剣と魔法の博物館〜モンスター編〜/ケットシー」
「猫」というキーワードにヒットして出てきたページだ。
ゲーム関連サイトの中のコラムページだが、この解説がなかなか的を射ている。
名前は同じでも、ゲームの中で独自に新しい役割を与えられたモンスターたちの、ルーツを辿りながら現代との接点を紡いでいる。
これはなかなか秀逸なので、過去のバックナンバーも読むといいだろう。
ファンタジーといっても、剣と魔法を駆使するファンタジーだ。
もともとは欧米の中世騎士物語あたりがルーツだが、日本に移植されるようになって独自の発展をとげているのが、和製ファンタジーだろう。
剣と魔法、妖精にモンスター、王権政治に階級社会、そして忘れてはならないのが宗教的な背景。
和製ファンタジーの場合、宗教的な背景は極めて薄くなる。本家のファンタジーは、キリスト教をベースにした宗教的な価値観から、世界観が構築されている。しかし、和製ものでは現実の日本がそうであるように、宗教観からはほど遠い世界になっていることが多い。
ものの考え方や価値観に大きな影響を及ぼす宗教は、中世的な世界観には欠かせない。貴族や平民といった階級社会に代表される中世的な世界観を構築する、根元でもあるからだ。
そして、人間以外の生き物たち……妖精やモンスターといった種族の存在も、土着的な宗教観から発生している。
と、そんなことに関連した記事があった。
オンラインゲーム & PCゲーム 情報サイト 4Gamer.net「剣と魔法の博物館〜モンスター編〜/ケットシー」
ケットシーという名前は,猫を示す「Cait」と,妖精を示す「sith」の合成語で,そのまま「猫の妖精」という意味だ。古くは,魔女が猫に変身したものを指す言葉だったらしいが,このあたりは,中世時代の魔女が猫を使い魔として使役するという伝承が,ケットシーのそれとミックスされたものかもしれない。
「猫」というキーワードにヒットして出てきたページだ。
ゲーム関連サイトの中のコラムページだが、この解説がなかなか的を射ている。
名前は同じでも、ゲームの中で独自に新しい役割を与えられたモンスターたちの、ルーツを辿りながら現代との接点を紡いでいる。
これはなかなか秀逸なので、過去のバックナンバーも読むといいだろう。
(13:51)
2007年05月18日
家の中で猫や犬を飼ってる人には、切実な問題がある。猫たちが、なにかとイタズラしたり、ゲロやトイレをあちこちでしたり。
特に、電子機器に触って誤動作させたり、ゲロやオシッコをかけられると、最悪の場合、故障して買い換える羽目になることもある。
それが高価なパソコンだったりすると、深刻だ。
パソコンは機器が高価なだけでなく、重要なデータも入っているので、故障すれば泣くに泣けなくなる。
うちには11匹の猫がいるから、そのリスクは1匹だけの場合の11倍……というわけではないが、かなりの頻度で際どいことになっている。
そんな猫たちから、キーボードを守るアイテムが、海外では売られているようだ。
それが以下の記事。
キーボードを猫から守るツール : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン)
キーボードが散歩ルートの猫を空中10cmで受け止める、
猫除け『Kitty Keyboard Cover』です。
透明アクリル製。昼寝もホレ、ご覧のように。
もう一個の猫除けは、ソフトウェア『PawSense』。
な、なんと、猫がタイプすると、そのスピード、動き、力の複雑なアルゴリズムから「猫だ!」と瞬時に見分けタイプ不能にロックしちゃうんです。そして猫が異変に勘付く間もなく、不吉な音を発し、猫がその辺にいられないようにします。
ウィンドウズ対応のみ。
このキーボードカバーはいいね!
うちも欲しい。
じつのところ、これと似たようなモノを代用品にしている。
よくイタズラされるのが、電話機。
短縮ダイアルなどをセットしているので、猫が踏んだだけで、ダイアルしてしまうことがある。
つい最近も、猫が電話してしまって、その相手というのが、私の実家だった。
「猫が電話しちゃった」というと、
「あんまり連絡してこないから、猫が気を利かせたんだろう」と、電話の向こうで父が笑った。
こうしたことを防ぐだめに、電話機が入る大きさの透明なタッパーウエア(密閉用のポリ容器)をカバーとして被せている。猫に電話されてしまった電話機は、FAXにつながっていた電話機で、この対処をしていなかったのだ。それも、今では蓋をしている。
また、通常使う電話機は、猫にオシッコされて使えなくなり、買い換えたものだった。その教訓から、カバーを被せるようになったのだ。
パソコンも例外ではない。
このため、うちのパソコン関係には、ペットシーツが被せてある。キーボードだけではなく、ディスプレイやプリンタにもである。特大サイズのペットシーツがあり、それで全体を覆っているのだ。
猫のゲロやオシッコで、使えなくなったキーボードは、過去に2つある。ちゃんとシーツを被せていなかったことが原因だ。
上記の記事に出てくるカバーは、踏まれることの防止にはなるが、オシッコ防止には不十分だ。というのも、四方がすべて閉じているわけではなく、コの字に覆っているだけだからだ。
そういう猫対策グッズも作って欲しいものだ。
(12:39)









