日記とか
2008年06月11日
最近、目の疲れがひどくて、左目の下がピクピクしていて気持ち悪い。
目の下の筋肉が痙攣しているのだ。
過去にも何度かあったが、たいていは数日のうちに治っていた。
だが、今回は1週間以上経っても治らない……。
これはなんなんだろう?
と調べてみたら、どうやら、
眼瞼(がんけん)ミオキニア……のようだ。
眼瞼痙攣外来ボトックス治療の紹介〜東京都上野の吉野眼科クリニック
眼瞼ミオキニア……、なんて覚えにくい名前なんだ(+_+;
ミオキニア、ミオキニア、ミオキニア……とっさに思い出せない語感だな。
1日中パソコンに向かっている仕事なので、眼精疲労は職業病みたいになっている。その関連で、肩凝りはひどいし、腰痛もひどい。前日に遅くまで残業すると、翌日は疲れが取れず、朝、腰痛で起きられなかったりする。
ともあれ、眼瞼ミオキニアである。
今も目の下がピクピクしていて、気持ち悪い……。
目を閉じていると、ちょっと楽になるのだけど、目を開けるとピクピクが大きくなる。
鏡を見ると、目の下の筋肉がピクピク動いているのがわかる。
眼瞼ミオキニアの原因はよくわかっていないそうで、これといった治療法もないらしい。
慢性化すると眼瞼痙攣ということで、ボトックス治療というのがあるようだが、これは治療というより症状を一時的に和らげるものだそうで、効果が持続する期間に限度があるとのこと。
肩凝り、腰痛に加えて、眼瞼ミオキニアも抱えるのか……。
困ったものだ。
目の下の筋肉が痙攣しているのだ。
過去にも何度かあったが、たいていは数日のうちに治っていた。
だが、今回は1週間以上経っても治らない……。
これはなんなんだろう?
と調べてみたら、どうやら、
眼瞼(がんけん)ミオキニア……のようだ。
眼瞼痙攣外来ボトックス治療の紹介〜東京都上野の吉野眼科クリニック
※痙攣が慢性的に続くようでしたら、片側性の顔面痙攣が可能性が考えられま。しかし、一時的に眼瞼がピクピク痙攣するといった症状であれば、これは眼瞼ミオキニアといい、特に疲れ目の時に症状が強くなるもので、ボトック治療の対象とはなりません。
眼瞼ミオキニア……、なんて覚えにくい名前なんだ(+_+;
ミオキニア、ミオキニア、ミオキニア……とっさに思い出せない語感だな。
1日中パソコンに向かっている仕事なので、眼精疲労は職業病みたいになっている。その関連で、肩凝りはひどいし、腰痛もひどい。前日に遅くまで残業すると、翌日は疲れが取れず、朝、腰痛で起きられなかったりする。
ともあれ、眼瞼ミオキニアである。
今も目の下がピクピクしていて、気持ち悪い……。
目を閉じていると、ちょっと楽になるのだけど、目を開けるとピクピクが大きくなる。
鏡を見ると、目の下の筋肉がピクピク動いているのがわかる。
眼瞼ミオキニアの原因はよくわかっていないそうで、これといった治療法もないらしい。
慢性化すると眼瞼痙攣ということで、ボトックス治療というのがあるようだが、これは治療というより症状を一時的に和らげるものだそうで、効果が持続する期間に限度があるとのこと。
肩凝り、腰痛に加えて、眼瞼ミオキニアも抱えるのか……。
困ったものだ。
(12:53)
2008年06月06日
ネットを回遊しつつ、様々なジャンルのいろいろな記事を読んでいると、ときどきハッとするような面白い記事に出くわす。
私のブログの記事で、平日の昼間に書かれているものは、会社のパソコンから書いている(^_^;
仕事をさぼって書いているわけではなく、仕事が「待ち」の状態で、時間が宙に浮いているからである。忙しいときはメチャクチャ忙しいが、暇なときはかなり暇なのだ。相手があっての仕事なので、とりあえず提出している作業の返事が来ないと次に進めなかったりする。それが「待ち」の時間となる。
空いた時間にはネットを回遊して、仕事に役立つ記事を始めとして、情報収集をする癖がついている。
そんなときに、気になる記事を読むと、ブログに書いておきたくなる。ある意味、忘れてしまわないようにする外部記憶なのだ。
で、今日の読んだ記事は、かなり面白い。
14:恋の悩みと、愛の鉄則:NBonline(日経ビジネス オンライン)
なかなか興味深い記事で、随所でニヤリとしてしまう快作だと思う。執筆者の降旗氏の記事は総じて面白い。
私は結婚して17年。それ以前に5年ほどの同棲期間があったので、妻とは22年ほど一緒に生活していることになる。子どもはいないので、ずっと二人だ。
降旗氏は「恋人みたいな夫婦なんてのはありえない」と書いているが、私たちの場合、それが当てはまるように思う(^_^)
別にのろけているわけではないが(まぁ、それもあるかな)、結婚前の恋人時代と結婚後の夫婦時代で、二人の関係のあり方はあまり変わっていない。
恋人時代は財布の管理は個々の問題だが、結婚すると「家計」という一元化をするのが普通だろう。だが、うちでは今も別々だ。生活にかかる費用の分担はあるが、基本的に自分で稼いだお金は、自分の判断で使う。正直なところ、妻が給料をどれだけもらっているのか、正確には知らない(^_^;……というか、知る必要を感じない。
また、結婚すると世帯をひとつにするが、うちではそれも別々である。つまり、同じ住所に世帯主が二人いることになっている。これには理由があって、年金などの問題で、世帯が私の中に組み込まれていると、ややこしいことになってしまうからだ。
唯一、結婚らしい形態は、妻の姓を私のにして婚姻届を出し、戸籍上の名前が変わったことだ。もし、夫婦別姓が可能であったなら、別姓のままにしていただろう。
妻は今でも、古くからの友人には旧姓で呼ばれているし、ハンドルネームとして本来の名前を使っている。私の携帯での登録名も彼女の旧姓なのだ。
「愛しているか?」と聞かれれば「愛している」と答える(^_^)
なぜなら、好きだから一緒にいるのだし、愛していなかったら一緒にはいられない。
長いつきあいだから、ときには口げんかすることだってある。それでも、自然と仲直りする。
昼間は会社勤めのため、それぞれに別行動になる。顔を合わせるのは、帰宅して寝るまでの数時間。時間的に見れば一緒にいられる時間は限られている。だからこそ、晩飯のときくらい一緒に食事をする。
私は仕事がら残業が多いので、帰りが遅くなることも度々だ。それでも妻は、私が帰宅するまで晩飯を待っていることが多い。私が晩飯を作らないと、ご飯にならないという事情もあるのだが(^_^)。
ときには、一緒に外食することもある。帰りの時間が合うときには、携帯で連絡を取り合って待ち合わせる。
つまり、デートである(^_^)。
また、ちょくちょく彼女にプレゼントをする。恋人時代がそうであったように。誕生日には必ずプレゼントをする。私から彼女へ、彼女から私へ。
夜、眠るときは寄り添って寝る。それはスキンシップでもある。
実のところ「夫婦」という意識は、あまりない。
便宜上「妻」という言い方をするが、それは他者に対する表現でしかない。
彼女は私にとっては、今でも恋人であり、一緒に生きていく伴侶なのだ(^_^)。
私のブログの記事で、平日の昼間に書かれているものは、会社のパソコンから書いている(^_^;
仕事をさぼって書いているわけではなく、仕事が「待ち」の状態で、時間が宙に浮いているからである。忙しいときはメチャクチャ忙しいが、暇なときはかなり暇なのだ。相手があっての仕事なので、とりあえず提出している作業の返事が来ないと次に進めなかったりする。それが「待ち」の時間となる。
空いた時間にはネットを回遊して、仕事に役立つ記事を始めとして、情報収集をする癖がついている。
そんなときに、気になる記事を読むと、ブログに書いておきたくなる。ある意味、忘れてしまわないようにする外部記憶なのだ。
で、今日の読んだ記事は、かなり面白い。
14:恋の悩みと、愛の鉄則:NBonline(日経ビジネス オンライン)
私が独身であれば、彼女の気持ちはそれなりに理解できたかもしれない。
誰かを愛するという気持ちだ。しかし、妻帯者となって10年も経つと、互いにそこにいるのが当たり前の存在になってしまい、家内を愛しているかどうかという感覚が鈍くなっていたことに気づかされたような気がしてならなかった。
家内に愛してるかと訊かれれば虚勢……、じゃなくて胸を張ってアイシテルと応えられるだろうと思わなくもないわけではないが、それは10年前のアイシテルとは意味が違う。当たり前。友だちみたいな夫婦、恋人みたいな夫婦なんてのはありえないのだし。そういうカップルが離婚しやすいのかもしれないけれど。
なかなか興味深い記事で、随所でニヤリとしてしまう快作だと思う。執筆者の降旗氏の記事は総じて面白い。
私は結婚して17年。それ以前に5年ほどの同棲期間があったので、妻とは22年ほど一緒に生活していることになる。子どもはいないので、ずっと二人だ。
降旗氏は「恋人みたいな夫婦なんてのはありえない」と書いているが、私たちの場合、それが当てはまるように思う(^_^)
別にのろけているわけではないが(まぁ、それもあるかな)、結婚前の恋人時代と結婚後の夫婦時代で、二人の関係のあり方はあまり変わっていない。
恋人時代は財布の管理は個々の問題だが、結婚すると「家計」という一元化をするのが普通だろう。だが、うちでは今も別々だ。生活にかかる費用の分担はあるが、基本的に自分で稼いだお金は、自分の判断で使う。正直なところ、妻が給料をどれだけもらっているのか、正確には知らない(^_^;……というか、知る必要を感じない。
また、結婚すると世帯をひとつにするが、うちではそれも別々である。つまり、同じ住所に世帯主が二人いることになっている。これには理由があって、年金などの問題で、世帯が私の中に組み込まれていると、ややこしいことになってしまうからだ。
唯一、結婚らしい形態は、妻の姓を私のにして婚姻届を出し、戸籍上の名前が変わったことだ。もし、夫婦別姓が可能であったなら、別姓のままにしていただろう。
妻は今でも、古くからの友人には旧姓で呼ばれているし、ハンドルネームとして本来の名前を使っている。私の携帯での登録名も彼女の旧姓なのだ。
「愛しているか?」と聞かれれば「愛している」と答える(^_^)
なぜなら、好きだから一緒にいるのだし、愛していなかったら一緒にはいられない。
長いつきあいだから、ときには口げんかすることだってある。それでも、自然と仲直りする。
昼間は会社勤めのため、それぞれに別行動になる。顔を合わせるのは、帰宅して寝るまでの数時間。時間的に見れば一緒にいられる時間は限られている。だからこそ、晩飯のときくらい一緒に食事をする。
私は仕事がら残業が多いので、帰りが遅くなることも度々だ。それでも妻は、私が帰宅するまで晩飯を待っていることが多い。私が晩飯を作らないと、ご飯にならないという事情もあるのだが(^_^)。
ときには、一緒に外食することもある。帰りの時間が合うときには、携帯で連絡を取り合って待ち合わせる。
つまり、デートである(^_^)。
また、ちょくちょく彼女にプレゼントをする。恋人時代がそうであったように。誕生日には必ずプレゼントをする。私から彼女へ、彼女から私へ。
夜、眠るときは寄り添って寝る。それはスキンシップでもある。
実のところ「夫婦」という意識は、あまりない。
便宜上「妻」という言い方をするが、それは他者に対する表現でしかない。
彼女は私にとっては、今でも恋人であり、一緒に生きていく伴侶なのだ(^_^)。
(14:09)
2008年05月16日
私は基本的に、1日1食の食生活になっている(^^;)
理想体重よりも10kオーバーではあるが、別にダイエットしているわけではない。
1日1食ないし2食というのは、なかば習慣化しているので、さほど苦にはならない。
もちろん、腹はへる(^^;)
昼過ぎになると「腹へった……」と思うこともあるが、それも一時的なことで午後3時を回る頃には、どうでもよくなってしまう。
食費を節約しているというのが大きな理由だが、早い話、貧乏なのだ(^^)。
世帯の平均年収は、約600万円だそうだ。
つまり、それくらいあれば「中流」ということだろう。
うちは私と妻の二人だけだが、二人の収入を足しても平均には届かない。ということは、うちは低所得層になる。
それでも、子供がいる家庭に比べれば生活にかかる費用は少ないので、まだましだろう。
うちでは、生活にかかる費用の役割分担はあるものの、財布の管理は別々である。
私の収入のうち、約半分は住宅ローンに消えるので、手元からスルーだ。
光熱費、通信費(電話、携帯など)で5万。
趣味のための出費として、パソコン関係(周辺機器、ソフトなど)、iPod関係(音楽CDなど)、書籍などで5万くらいは使っている。パソコン関係は、ときどき修理やソフトのバージョンアップで大きな出費を必要とすることがあるので、10万を超えることもある。
猫関係に必要な、猫の餌代、トイレ周りの用品、病院代などは、妻の受け持ちになっている。猫の頭数が多いので、月に少なくとも1度は病院に行くことになる。1回の診療・治療代は、目安として1万円はかかる。複数回行くとなると、それだけ費用もかさむことになる。
そして、自宅で食べる食費(おもに夕食)は、私が負担している。
その食費に使えるのは、せいぜい5〜6万。
単純に日割りすると、1666〜2000円。
なので、目標として1日の食費を1000円に抑えるようにしている。つまり、昼飯に外食する余裕はないのだ(^^;)。昼を外食すると、軽く1000円はかかってしまう。それでは晩飯が食えなくなってしまう。
たまには、妻と一緒に外食でまともな食事をしたいから、極力1日の食費は抑えている。
晩飯は、米は炊いて、おかずは私が料理するか、総菜を買ってくることになる。ちなみに、料理をするのは私で、妻は料理はしない……というか、たいしたことはできない(^^)。腕の力がなくて、フライパンを片手で持てないし、肌が熱に過敏で、ちょっとしたことで火傷してしまう。洗い物をさせれば、洗剤で肌がかぶれてしまうから、台所仕事には不向きなのだ。
材料を買ってきて料理する方が安くつくような印象があるが、必ずしもそうではない。2人分のおかずに必要な材料だと、けっこう割高になってしまう。毎日料理できるわけではないので、材料をたくさん買っても使い切れなくて無駄になってしまうからだ。
ある日の夕食のメニューはこんな感じ。
●ご飯……2人で3合
●カレイの煮付け(1人2切)
●明太子
これで、だいたい1200円(2人分)くらいの食費だ。寂しい食事だし、栄養バランスも滅茶苦茶だ(^^;)。ビタミン類はサプリを飲んでるけどね。
カロリーベースで試算すると、約800kcal。
1日に必要なカロリーは、私の場合、2021kcalということらしい。
計算できるページはこちら→あなたに必要な1日のカロリーは?
朝は、バナナを食べていくことが多いから、1本分80kcalを足しても、880kcal。
間食はまったくしないので、必要量の半分以下。
それでも痩せないから不思議だ(^^;)。いや、今以上に太らないから、それなりのダイエットにはなってるということか?
毎日寂しい食事ではつまらないので、週に一度は妻と一緒に外食する。
妻は肉が大好きなので、たいていは焼き肉。牛角に行くと、だいたい5000円。6日を1200円/日で済ませば、週に1万2200円で、なんとか月の予算内で食費が足りる計算だ。
まぁ、貧乏生活はアニメーター時代に最低の生活をしていたから、それに比べればずいぶんとマシである。
慣れればなんとかなるものだ。
なにより、大好きな猫たちと生活できているし、趣味のバソコンと映画・アニメと音楽を楽しめるから、精神的には満たされているのだ。
理想体重よりも10kオーバーではあるが、別にダイエットしているわけではない。
1日1食ないし2食というのは、なかば習慣化しているので、さほど苦にはならない。
もちろん、腹はへる(^^;)
昼過ぎになると「腹へった……」と思うこともあるが、それも一時的なことで午後3時を回る頃には、どうでもよくなってしまう。
食費を節約しているというのが大きな理由だが、早い話、貧乏なのだ(^^)。
世帯の平均年収は、約600万円だそうだ。
つまり、それくらいあれば「中流」ということだろう。
うちは私と妻の二人だけだが、二人の収入を足しても平均には届かない。ということは、うちは低所得層になる。
それでも、子供がいる家庭に比べれば生活にかかる費用は少ないので、まだましだろう。
うちでは、生活にかかる費用の役割分担はあるものの、財布の管理は別々である。
私の収入のうち、約半分は住宅ローンに消えるので、手元からスルーだ。
光熱費、通信費(電話、携帯など)で5万。
趣味のための出費として、パソコン関係(周辺機器、ソフトなど)、iPod関係(音楽CDなど)、書籍などで5万くらいは使っている。パソコン関係は、ときどき修理やソフトのバージョンアップで大きな出費を必要とすることがあるので、10万を超えることもある。
猫関係に必要な、猫の餌代、トイレ周りの用品、病院代などは、妻の受け持ちになっている。猫の頭数が多いので、月に少なくとも1度は病院に行くことになる。1回の診療・治療代は、目安として1万円はかかる。複数回行くとなると、それだけ費用もかさむことになる。
そして、自宅で食べる食費(おもに夕食)は、私が負担している。
その食費に使えるのは、せいぜい5〜6万。
単純に日割りすると、1666〜2000円。
なので、目標として1日の食費を1000円に抑えるようにしている。つまり、昼飯に外食する余裕はないのだ(^^;)。昼を外食すると、軽く1000円はかかってしまう。それでは晩飯が食えなくなってしまう。
たまには、妻と一緒に外食でまともな食事をしたいから、極力1日の食費は抑えている。
晩飯は、米は炊いて、おかずは私が料理するか、総菜を買ってくることになる。ちなみに、料理をするのは私で、妻は料理はしない……というか、たいしたことはできない(^^)。腕の力がなくて、フライパンを片手で持てないし、肌が熱に過敏で、ちょっとしたことで火傷してしまう。洗い物をさせれば、洗剤で肌がかぶれてしまうから、台所仕事には不向きなのだ。
材料を買ってきて料理する方が安くつくような印象があるが、必ずしもそうではない。2人分のおかずに必要な材料だと、けっこう割高になってしまう。毎日料理できるわけではないので、材料をたくさん買っても使い切れなくて無駄になってしまうからだ。
ある日の夕食のメニューはこんな感じ。
●ご飯……2人で3合
●カレイの煮付け(1人2切)
●明太子
これで、だいたい1200円(2人分)くらいの食費だ。寂しい食事だし、栄養バランスも滅茶苦茶だ(^^;)。ビタミン類はサプリを飲んでるけどね。
カロリーベースで試算すると、約800kcal。
1日に必要なカロリーは、私の場合、2021kcalということらしい。
計算できるページはこちら→あなたに必要な1日のカロリーは?
朝は、バナナを食べていくことが多いから、1本分80kcalを足しても、880kcal。
間食はまったくしないので、必要量の半分以下。
それでも痩せないから不思議だ(^^;)。いや、今以上に太らないから、それなりのダイエットにはなってるということか?
毎日寂しい食事ではつまらないので、週に一度は妻と一緒に外食する。
妻は肉が大好きなので、たいていは焼き肉。牛角に行くと、だいたい5000円。6日を1200円/日で済ませば、週に1万2200円で、なんとか月の予算内で食費が足りる計算だ。
まぁ、貧乏生活はアニメーター時代に最低の生活をしていたから、それに比べればずいぶんとマシである。
慣れればなんとかなるものだ。
なにより、大好きな猫たちと生活できているし、趣味のバソコンと映画・アニメと音楽を楽しめるから、精神的には満たされているのだ。
(08:16)
2008年05月02日
ふだん、ほとんど考えることのない、仮定の問題。
自分が死んだあと、ブログやサイトに書き残したコンテンツはどうなるのだろうか?……という話。
そういえば、そんなことまで考えてブログやサイトを作ってはいないなーと思った。
ドメインは契約期間中は残るだろうけど、更新しなければなくなる。
サーバーも契約期間中は残るだろうけど、切れたら家族が更新しない限りは消えてなくなる。
書きためた日々の記録や想いは、それとともに電脳空間からも葬られる。
ある意味、二度死ぬことに等しい気がしてきた。
そんなことを気づかせてくれた記事。
鬼籍のマイミク | WIRED VISION
この記事を読んだあと、ふと、亡くなった友人のことを思い出した。
私よりも年下だったが、古くからの友人で、同郷でもあった。田舎で私が主宰していたマンガサークルに、彼が入会してきたことで知り合った。
私の方が少し早く上京して、のちに彼も上京してきた。同じ業界で仕事をするようになり、ときに一緒に仕事をすることもあった。
彼の名前は「西崎まりの」
メジャーになることはなかったが、知る人ぞ知る個性的な絵描きだった。
彼の名前を検索してみると……
彼を知る人たちによる、記事がいくつか出てきた。
亡くなって4年になるが、彼の名前はまだ「生きている」と感じる。
不思議な感覚だ。
身近な人間だからというのもあるが、彼のことを記した「記憶」がネット上に存在しているという事実が、生きている彼を想像させる。
「西崎まりの」のことを記したブログがあった。
【西崎まりのに花束を。-浦嶋嶺至、朋友への手紙-】
彼が生きていた時代の、彼を取り巻く業界と人間関係のことが書かれていた。
浦嶋氏との面識はないが、もしかしたら顔を合わせたことはあるかもしれない。というのも、私も当時、近いところで仕事で関わっていたからだ。ブログ中の登場人物の何人かは、私も面識があった。
記事を読みながら、当時のことを懐かしく思い出した。
仕事の関わりでいえば、「サイバーコミック」「エリアルコミック」のカバーデザインや記事ページのデザインは、私がやっていた。ゼネプロが編集として関わった書籍やコミック、PCゲームのカバーデザインのいくつかも手がけた。そして、西崎氏の絵をキャラクターとした、スーファミのゲーム「サイコドリーム」のマニュアルのデザインも、彼から依頼されて制作した。
また、漫画情報誌『ぱふ』の同人誌コーナーのレビューを、1986年頃から3年間くらい担当していた。
この頃は、西崎氏とよく会っていた。
「なにもかも、みな懐かしい」……思い出だ。
実体としての「死」と、ネット上の人格の「死」は、必ずしもイコールではないということだろう。
自分が死んだあと、ブログやサイトに書き残したコンテンツはどうなるのだろうか?……という話。
そういえば、そんなことまで考えてブログやサイトを作ってはいないなーと思った。
ドメインは契約期間中は残るだろうけど、更新しなければなくなる。
サーバーも契約期間中は残るだろうけど、切れたら家族が更新しない限りは消えてなくなる。
書きためた日々の記録や想いは、それとともに電脳空間からも葬られる。
ある意味、二度死ぬことに等しい気がしてきた。
そんなことを気づかせてくれた記事。
鬼籍のマイミク | WIRED VISION
これから日本でも本格化するであろう団塊の世代向けの SNS ビジネスに訃報伝送機能は欠かせないのでしょうし、遺族に渡す電子金庫あたりもそうした SNS の機能の一つに入りそうです。
(中略)
しかし……とここまできて、自身のサイト、文章にそこまでこだわる理由は何だろうとふと考えてしまいます。死んだ後もお前の駄文をありがたがって読んでくれる人がいると思ってんのかよ、と突っ込まれそうです。
この記事を読んだあと、ふと、亡くなった友人のことを思い出した。
私よりも年下だったが、古くからの友人で、同郷でもあった。田舎で私が主宰していたマンガサークルに、彼が入会してきたことで知り合った。
私の方が少し早く上京して、のちに彼も上京してきた。同じ業界で仕事をするようになり、ときに一緒に仕事をすることもあった。
彼の名前は「西崎まりの」
メジャーになることはなかったが、知る人ぞ知る個性的な絵描きだった。
彼の名前を検索してみると……
彼を知る人たちによる、記事がいくつか出てきた。
亡くなって4年になるが、彼の名前はまだ「生きている」と感じる。
不思議な感覚だ。
身近な人間だからというのもあるが、彼のことを記した「記憶」がネット上に存在しているという事実が、生きている彼を想像させる。
「西崎まりの」のことを記したブログがあった。
【西崎まりのに花束を。-浦嶋嶺至、朋友への手紙-】
彼が生きていた時代の、彼を取り巻く業界と人間関係のことが書かれていた。
浦嶋氏との面識はないが、もしかしたら顔を合わせたことはあるかもしれない。というのも、私も当時、近いところで仕事で関わっていたからだ。ブログ中の登場人物の何人かは、私も面識があった。
記事を読みながら、当時のことを懐かしく思い出した。
仕事の関わりでいえば、「サイバーコミック」「エリアルコミック」のカバーデザインや記事ページのデザインは、私がやっていた。ゼネプロが編集として関わった書籍やコミック、PCゲームのカバーデザインのいくつかも手がけた。そして、西崎氏の絵をキャラクターとした、スーファミのゲーム「サイコドリーム」のマニュアルのデザインも、彼から依頼されて制作した。
また、漫画情報誌『ぱふ』の同人誌コーナーのレビューを、1986年頃から3年間くらい担当していた。
この頃は、西崎氏とよく会っていた。
「なにもかも、みな懐かしい」……思い出だ。
実体としての「死」と、ネット上の人格の「死」は、必ずしもイコールではないということだろう。
(14:23)
2008年02月11日
次世代DVDのシェア争いは、どうやらブルーレイ陣営が圧勝しているようだ。
とはいえ、ブルーレイがどれだけ普及するかは、いまだ不透明なのも事実。
その理由の一つが、ネット配信の普及だという。
ブルーレイを買うよりも、ネットからダウンロードした方がお得というわけだ。
たしかに、高画質にはなったが、ユーザーの多くがそれほどの高画質を求めているわけではなく、ネット配信で見る程度の画質でも十分だと考えているからだ。見たいのは高画質ではなく、作品のストーリーであり、とりあえず楽しめればそれでいいのだろう。
ソフトの価格が高いのもネックだ。
また、ブルーレイディスクは保護層が薄いため、傷つきやすいというデメリットもあり、中古市場では傷のあるものは買い取りしないそうだ。
Panasonicの最新機種では、DVDメディアにハイビジョン画質での録画ができるようになった。
それが可能となったため、まだまだDVDメディアも延命するように思う。
と、その最新機種のPanasonic DMR-BW900が、注文から約2ヶ月でやっと入手できた。1月末の話である。
なんでも、生産が追いつかず年末商戦に品薄になってしまったとか。
ニュースでは、ある販売店の話として「あればあるだけ売れたはず」だという。
最上位機種であるだけに、それが在庫なしというのは、メーカーにとっても大きな商機を逃したことになる。
このDMR-BW900を早くから注文していたので、うちのAV機器の収まったラックには、そのためのスペースと配線用のもろもろを用意していた。
DMR-BW900にした理由は、すでにあるHDDレコーダー(Panasonic DMR-XW51)でハイビジョン録画していたものを、moveしてブルーレイで書き出すためだった。
現在、40インチのテレビを中心に、4台のHDDレコーダー、ケーブルTVセットボックス、レーザーディスク、S-VHSビデオデッキなどがあるが、それらがごちゃごちゃとつながっている。
それを図解すると以下のようになる。(クリックで拡大)

図面で書くとすっきりしているように見えるが、実際は配線でごちゃごちゃである(^^)。
アンテナ端子が、もともと室内に2つあるため、そこから4分配ずつ取って、8つの機器につながっている。
このアンテナ線には、ケーブルテレビの信号、マンションの屋上に付いている地上波と衛星放送の信号も含まれている。
それを各HDDレコーダーの手前で、3分波器で分けて、それぞれのアンテナ端子へと供給している。
ちなみに、アンテナケーブルは、ねじ込み式のものを使っている。理由は、差し込み式だと簡単に取れるので、猫たちがなにかの拍子に抜いてしまう可能性があるからだ。
実際のラックの配置はこんな感じ。(クリックで拡大)

テレビには、D端子が2つ、HDMI端子が2つ、S端子が2つ、ビデオ入力が3つある。それらのうち、D端子、HDMI端子、S端子が全部埋まっている状態。
HDMI端子が足りないために、HDMIセレクタを用意した。
購入したHDMIセレクタの「プロスペック HDS-700」は、入力信号を検知して自動で切り替えてくれるので便利だ。ただし、2つの機器が同時に入っていれば、手動でどちらかを選択することになるが、小さなリモコン付きだ。
アナログチューナーのHDDレコーダーも、まだ現役だ。
というのも、テレビ埼玉が東京ではデジタルで受信できないため、テレ玉専用機となっている。アニメ番組では、東京キー局ではやっていないものが、テレ玉でやっていたりするので、選択肢として外せない。
いずれはアナログ放送が終了してしまうので、デジタルで受信する方法を考えなくてはいけない。ただ、MXテレビがデジタル放送を始めたので、ある程度はカバーできるかもしれないが……。
S-VHSビデオデッキは、HDDレコーダー以前の名残だ。
その当時は、4台のデッキを使って、時間のだぶることの多い深夜の番組を録画していた。
現在はほとんど使うことがなくなったが、たまに資料としてVHSテープが持ちこまれたりするので、とりあえず使える状態にはなっている。
あと、当面の計画としては、ケーブルTVのセットボックスを、HDD付きのものに変えることくらいかな。
現在は、WOWOWなどの衛星放送を、セットボックスからHDDレコーダーにD端子接続でつなぎ、セットボックスとHDDレコーダーのタイマーをシンクロさせて録画するという、面倒な方法になっている。
しかし、この方法だと、時間が変更になった場合や、毎週録画の場合に自動で対応できないので不便さを感じている。
というわけで、うちのAV機器事情であった(^^)。
とはいえ、ブルーレイがどれだけ普及するかは、いまだ不透明なのも事実。
その理由の一つが、ネット配信の普及だという。
ブルーレイを買うよりも、ネットからダウンロードした方がお得というわけだ。
たしかに、高画質にはなったが、ユーザーの多くがそれほどの高画質を求めているわけではなく、ネット配信で見る程度の画質でも十分だと考えているからだ。見たいのは高画質ではなく、作品のストーリーであり、とりあえず楽しめればそれでいいのだろう。
ソフトの価格が高いのもネックだ。
また、ブルーレイディスクは保護層が薄いため、傷つきやすいというデメリットもあり、中古市場では傷のあるものは買い取りしないそうだ。
Panasonicの最新機種では、DVDメディアにハイビジョン画質での録画ができるようになった。
それが可能となったため、まだまだDVDメディアも延命するように思う。
と、その最新機種のPanasonic DMR-BW900が、注文から約2ヶ月でやっと入手できた。1月末の話である。
なんでも、生産が追いつかず年末商戦に品薄になってしまったとか。
ニュースでは、ある販売店の話として「あればあるだけ売れたはず」だという。
最上位機種であるだけに、それが在庫なしというのは、メーカーにとっても大きな商機を逃したことになる。
このDMR-BW900を早くから注文していたので、うちのAV機器の収まったラックには、そのためのスペースと配線用のもろもろを用意していた。
DMR-BW900にした理由は、すでにあるHDDレコーダー(Panasonic DMR-XW51)でハイビジョン録画していたものを、moveしてブルーレイで書き出すためだった。
現在、40インチのテレビを中心に、4台のHDDレコーダー、ケーブルTVセットボックス、レーザーディスク、S-VHSビデオデッキなどがあるが、それらがごちゃごちゃとつながっている。
それを図解すると以下のようになる。(クリックで拡大)

図面で書くとすっきりしているように見えるが、実際は配線でごちゃごちゃである(^^)。
アンテナ端子が、もともと室内に2つあるため、そこから4分配ずつ取って、8つの機器につながっている。
このアンテナ線には、ケーブルテレビの信号、マンションの屋上に付いている地上波と衛星放送の信号も含まれている。
それを各HDDレコーダーの手前で、3分波器で分けて、それぞれのアンテナ端子へと供給している。
ちなみに、アンテナケーブルは、ねじ込み式のものを使っている。理由は、差し込み式だと簡単に取れるので、猫たちがなにかの拍子に抜いてしまう可能性があるからだ。
実際のラックの配置はこんな感じ。(クリックで拡大)

テレビには、D端子が2つ、HDMI端子が2つ、S端子が2つ、ビデオ入力が3つある。それらのうち、D端子、HDMI端子、S端子が全部埋まっている状態。
HDMI端子が足りないために、HDMIセレクタを用意した。
購入したHDMIセレクタの「プロスペック HDS-700」は、入力信号を検知して自動で切り替えてくれるので便利だ。ただし、2つの機器が同時に入っていれば、手動でどちらかを選択することになるが、小さなリモコン付きだ。
アナログチューナーのHDDレコーダーも、まだ現役だ。
というのも、テレビ埼玉が東京ではデジタルで受信できないため、テレ玉専用機となっている。アニメ番組では、東京キー局ではやっていないものが、テレ玉でやっていたりするので、選択肢として外せない。
いずれはアナログ放送が終了してしまうので、デジタルで受信する方法を考えなくてはいけない。ただ、MXテレビがデジタル放送を始めたので、ある程度はカバーできるかもしれないが……。
S-VHSビデオデッキは、HDDレコーダー以前の名残だ。
その当時は、4台のデッキを使って、時間のだぶることの多い深夜の番組を録画していた。
現在はほとんど使うことがなくなったが、たまに資料としてVHSテープが持ちこまれたりするので、とりあえず使える状態にはなっている。
あと、当面の計画としては、ケーブルTVのセットボックスを、HDD付きのものに変えることくらいかな。
現在は、WOWOWなどの衛星放送を、セットボックスからHDDレコーダーにD端子接続でつなぎ、セットボックスとHDDレコーダーのタイマーをシンクロさせて録画するという、面倒な方法になっている。
しかし、この方法だと、時間が変更になった場合や、毎週録画の場合に自動で対応できないので不便さを感じている。
というわけで、うちのAV機器事情であった(^^)。
(22:03)
2007年01月25日
犬猫も長生きする時代になった。
犬の高齢化時代到来。約半数が7歳以上の高齢犬 - 犬 ニュース01(ゼロワン) - 犬専門ニュース情報サイト
うちの11匹の猫たちの中で、7歳以上は5頭いる。
最長老だった長男のBチャンは、18歳まで生きた。
次男のアレフは15歳、三男のシマは12歳、次女のカフェは11歳と、10歳以上が3頭だ。
いつもは意識しないのだが、こうして並べてみると、うちの猫たちとはずいぶん長い時間を過ごしてきたものだ。
年月の経過を意識しないのは、猫は1歳になったころには大人になってしまうので、以後は見た目の変化があまりないこと。
もうひとつは、人間のように精神的な成長が顕著ではないため、1歳のときも10歳になっても、ずっと変わらず愛らしい猫だからだ。
ずっと一緒に過ごしていたいものだが、それを許さないのが「時間」だ。
私たちが歳を取るように、猫たちは数倍の早さで歳を取っていく。
今日の1日と、明日の1日は、同じではない。
それでも、毎日楽しく、猫たちと遊んで、ごはんをあげて、トイレの世話をし、一緒に布団で寝るのだ。
その1日1日を大事にしながら。
犬の高齢化時代到来。約半数が7歳以上の高齢犬 - 犬 ニュース01(ゼロワン) - 犬専門ニュース情報サイト
そして調査の結果、純粋犬で4割と雑種犬の6割が7歳以上の高齢犬であることが判明し、全体の約7歳以上が高齢犬であることが分かった。
また、継続して室内飼いの傾向は進んでおり、純粋犬の約8割と純粋猫の約9割が室内飼い。犬・猫にたいして癒しを求める傾向が強く、動物が好きという理由とともに「癒される」「和む」との答えが約6割の飼い主から得られた。
うちの11匹の猫たちの中で、7歳以上は5頭いる。
最長老だった長男のBチャンは、18歳まで生きた。
次男のアレフは15歳、三男のシマは12歳、次女のカフェは11歳と、10歳以上が3頭だ。
いつもは意識しないのだが、こうして並べてみると、うちの猫たちとはずいぶん長い時間を過ごしてきたものだ。
年月の経過を意識しないのは、猫は1歳になったころには大人になってしまうので、以後は見た目の変化があまりないこと。
もうひとつは、人間のように精神的な成長が顕著ではないため、1歳のときも10歳になっても、ずっと変わらず愛らしい猫だからだ。
ずっと一緒に過ごしていたいものだが、それを許さないのが「時間」だ。
私たちが歳を取るように、猫たちは数倍の早さで歳を取っていく。
今日の1日と、明日の1日は、同じではない。
それでも、毎日楽しく、猫たちと遊んで、ごはんをあげて、トイレの世話をし、一緒に布団で寝るのだ。
その1日1日を大事にしながら。
(14:09)
2007年01月16日
あっ、私はこれだ……と思った。
う〜む……(^^;)
眠れない むずむず脚症候群 : 最新医療 : 医療 : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
そうか、これは「レストレス・レッグス症候群(RLS)」というのか。
ずいぶん前から、こういう自覚症状があった。
寝ているときだけではなく、起きているときにもある。
突然、足がむずむずしてきて、集中力が切れてしまい、起きていられなくなる。
家にいるときは、「ちょっと寝る」と、布団に横になってしまう。
だが、会社にいるときにこれが出てくると、しばらく座ったまま、むずむずがなくなるのを待つ。しかし、これがけっこう辛い。
睡眠の質はあまりよくないと思う。
眠りに入るのに時間がかかるし、眠りも浅い。すぐ目が覚めてしまうのだ。
しかし、なにかの病気にかかっているわけでもないので、二次性のRLSではなさそうだ。ということは、特別な原因がない「特発性」ということになる。
厳密な原因や詳しい症例もわからないということで、困ったものである(^^;)。
う〜む……(^^;)
眠れない むずむず脚症候群 : 最新医療 : 医療 : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
むずむず脚症候群は1990年ごろから、米国で「レストレス・レッグス症候群(RLS)」という名前で知られるようになった。「レストレス」は「落ち着きのない」という意味だ。
欧米では人口の5〜10%の患者がいるとの研究もある。日本での実態は不明だが、同大神経内科教授、平田幸一さんは「医師の間でもこの病気はまだ十分に認識されておらず、潜在的な患者は多いのではないか」と話す。
そうか、これは「レストレス・レッグス症候群(RLS)」というのか。
ずいぶん前から、こういう自覚症状があった。
寝ているときだけではなく、起きているときにもある。
突然、足がむずむずしてきて、集中力が切れてしまい、起きていられなくなる。
家にいるときは、「ちょっと寝る」と、布団に横になってしまう。
だが、会社にいるときにこれが出てくると、しばらく座ったまま、むずむずがなくなるのを待つ。しかし、これがけっこう辛い。
睡眠の質はあまりよくないと思う。
眠りに入るのに時間がかかるし、眠りも浅い。すぐ目が覚めてしまうのだ。
しかし、なにかの病気にかかっているわけでもないので、二次性のRLSではなさそうだ。ということは、特別な原因がない「特発性」ということになる。
厳密な原因や詳しい症例もわからないということで、困ったものである(^^;)。
(06:44)
2006年12月30日
年末年始の休みに入った。
休みの日に、いろいろとやりたいことはあるが、たいていはあまり何もできずに終わってしまう(^^;)
書きかけの小説でも書きたいところだが……
とりあえず、うちの新入り「カール」のその後など。
来たときから、物怖じしない性格の猫だったが、今では部屋中を暴走。
年上猫たちにも、果敢に挑戦するのだった。
誰とでも仲良くなれる性格のようで、特に最近家族となった、年下三姉弟(グミ ♀、ジジ ♂、カール ♂)とは寝るのも一緒。
そのようすが、コレ。

(クリックすると拡大)
小さな猫ベッドに、ぎゅう詰め状態で寝ている。
温かいのだろうし、こうしてくっつきあっているのが好きなようだ。
カールの本当の姉弟たちは、捨てられたときにこうして寄り添って寝ていたという。団子になって寝るのが好きなのだろう。
一つ上のジジは、相変わらず人間には警戒心が強く、まだ撫でたり抱っこしたりができない。おびえて逃げてしまうのだ。また、まだ去勢もできないでいるので、そろそろ年齢的に子供を作ることが可能になっている。うちには避妊手術をしていない♀のタマコがいるのだ。
そんなわけで、ジジは現在もケージ暮らし。
抱っこできないということでは、グミも同じ。
この子は、人慣れはしてきたので、ケージの外に出ていることも多いのだが、引っ掻き癖は直っていないので、不用意に手を出すと穴を開けられる。
今日も引っかかれてしまった(^^;)。
抱っこしてあげたいのに……。
と、そんなこんなで、カールは健やかに成長している。
休みの日に、いろいろとやりたいことはあるが、たいていはあまり何もできずに終わってしまう(^^;)
書きかけの小説でも書きたいところだが……
とりあえず、うちの新入り「カール」のその後など。
来たときから、物怖じしない性格の猫だったが、今では部屋中を暴走。
年上猫たちにも、果敢に挑戦するのだった。
誰とでも仲良くなれる性格のようで、特に最近家族となった、年下三姉弟(グミ ♀、ジジ ♂、カール ♂)とは寝るのも一緒。
そのようすが、コレ。

(クリックすると拡大)
小さな猫ベッドに、ぎゅう詰め状態で寝ている。
温かいのだろうし、こうしてくっつきあっているのが好きなようだ。
カールの本当の姉弟たちは、捨てられたときにこうして寄り添って寝ていたという。団子になって寝るのが好きなのだろう。
一つ上のジジは、相変わらず人間には警戒心が強く、まだ撫でたり抱っこしたりができない。おびえて逃げてしまうのだ。また、まだ去勢もできないでいるので、そろそろ年齢的に子供を作ることが可能になっている。うちには避妊手術をしていない♀のタマコがいるのだ。
そんなわけで、ジジは現在もケージ暮らし。
抱っこできないということでは、グミも同じ。
この子は、人慣れはしてきたので、ケージの外に出ていることも多いのだが、引っ掻き癖は直っていないので、不用意に手を出すと穴を開けられる。
今日も引っかかれてしまった(^^;)。
抱っこしてあげたいのに……。
と、そんなこんなで、カールは健やかに成長している。
(02:41)
2006年12月21日
アニメ業界の実態については、私の経験を前にも書いた。
その補足的な記事。
週刊東洋経済TKプラス | The Headlineプラス
私がアニメーターをやっていた頃は、上記の「年収は100万円未満が73.7%」の中にいたわけだ。
当時は、その状況を受け入れざるをえなかった。
が、その生活は惨めだった。
金がないから、満足に食べることができない。1日の食費をいかに抑えるかが問題で、1日1食〜2食、ホカ弁などで500円程度が限度。500円でも月に1万5千円が食費となり、収入が10万あっても、家賃・光熱費などを考慮すれば、かなり厳しい経済状態だ。
そのため、私は激やせした(^^;)。
アニメーターになる前は、田舎の地元で普通にサラリーマンをしていたが、75キロくらいだった体重が65キロまで落ちた。
ダイエットしたかったら、どん底の貧乏をすればいいという結果だ。
ちなみに、現在は10キロオーバーの85キロ(^^;)。食うのには困っていないからだ。
食うのには困っていないのだが、1日1食というのは、今でも習慣として残っている。
仕事の忙しさという点では、下請けのグラフィック・デザイナーも同じなのだ。
どの業種にも、収入格差のピラミッドは存在する。
いちおう、ある程度の収入は得ているが、デザイナー業界の底辺にいるのが現状だ。
世の中に出回っている出版物や広告を作っているのが、いわゆるデザイナーだが、それも大手の出版社や広告代理店から、下請けのデザイン会社へと仕事が発注される。デザイン会社にも大手と小さな会社があり、孫請け、ひ孫請けとピラミッドを構成している。
私のいる会社は、そうした下請けの小さな会社なのだ。
当然、下請けの得る報酬は少ない。
結果、そこにいるデザイナーの賃金も安い。
そして、ここが肝心だが、下請けに回される仕事というのは、重要度が低いということだ。つまり、誰が(どこの会社が)やっても、大勢に影響がないものだということ。ヒット商品やベストセラーになるような出版物の仕事が、下請けに回ったりはしないのだ。そうした重要度の高い、注目される仕事は、有名デザイナーや大手デザイン会社が自ら手がけるからだ。
廉価な商品や、目立つことのない出版物といえども、誰かがその仕事をこなしている。消費者は、そんなことを気にすることなく購入するだろう。
それはアニメの動画の1カットを、誰が描いたかなんて気にしないのと同じだ。
誰かが仕事をしているのだが、誰がしようと関係ない。
かつて、ルパン3世やキャッツアイの動画を描いたが、自分でもどのシーンを描いたのか覚えていない。それは私でなくても、誰かが描いたものだし、私である必要はなかった。
ちなみに、エンディング・クレジットに動画として登場する名前は、ごく一部の人だけである。たいていは部下を何人か持つチーフの名前だけで、名前すら出てこない動画マンがその下に5〜6人はいる。
アニメーターもデザイナーも、「クリエイティブな仕事」として見られるが、果たして本当にクリエイティブかどうかは疑問だ。
注目されるのは、ごく一部の人たちだけであり、その人たちはクリエイターだし高収入だ。とはいえ、その一握り人たちだけで、作品や商品ができるわけでもない。底辺を支える、低賃金でクリエイターとは呼ばれない下働きがいるのだ。
私は仕事は真面目にやる方だが、現在の仕事に熱意があるかといえば、あまりないというのが正直なところだ。
その仕事は、私でなくても誰かがやる仕事だからだ。
クリエイティブな仕事や達成感のある仕事をしたいと思ったら、ピラミッドのトップに立つしかない。だが、それは簡単なことではないことも現実。
もっと達成感のある仕事をしたいものだ。
私にしかできない仕事……、つまり、私の名前が出る仕事が、本当の意味でのクリエイティブな仕事なのだと思う。
フリーでデザイナーをやっていた頃は、まだよかった。いくつかの出版物に、デザイナーとして私の名前が出ていたからだ。だが、フリーを続けていくことは難しかった。安定した収入を確保できなかったのだ。会社勤めに戻ったのは、経済的な理由からだ。
なんだが、愚痴ってしまった(^^;)
余談だが、私の名前が出ている書籍を今でも購入できる。
イラストレーターとしての名前「安部ひろみ」名義である。
以下がそれ。
ルネサンスへ飛んだ男
占術―命・卜・相
また、「神羅万送デリバリア」こやま基夫(FlexComix ブラッド掲載)のロゴデザインもやった。これは作家と担当編集者が友人なので、個人的に受けた仕事だった(^^)。
その補足的な記事。
週刊東洋経済TKプラス | The Headlineプラス
その原因をたどっていくと製作費の安さに行き着く。通常、30分番組1本につき制作費は約1000万円といわれている。だが少し凝った作品は確実にそれ以上コストがかかるし、逆に1000万円以下の価格で制作されている作品も数多い。
このような状況は長年続いており、もはや慢性化しているといってもいい。そしてその結果として、アニメーターに代表されるアニメスタッフの低賃金の話題は、ことある事にメディアでも繰り返されている。週に数十本ものアニメーションが放映され、メディアで「日本を代表するサブカルチャー」としてもてはやされても、である。
アニメーターの3割弱が、年収100万円未満
2005年に、俳優、歌手、舞踊家、演出家などの実演家の団体で構成する社団法人「日本芸能実演家団体協議会(芸団協)」 が行った「芸能実演家の活動と生活実態」で、現在のアニメーターの生活ぶりが明らかになっている。
この資料によると、アニメーターの平均労働時間は1日10.2時間。月間労働時間は推計250時間。にもかかわらず、平均年収は100万円未満が26.8%、100万円以上300万円未満が38.2%。さらに動画マンだけに限ると、8割の人間が出来高払いで、動画の平均単価は1枚あたり平均186.9円。年収は100万円未満が73.7%という結果だった。
私がアニメーターをやっていた頃は、上記の「年収は100万円未満が73.7%」の中にいたわけだ。
当時は、その状況を受け入れざるをえなかった。
が、その生活は惨めだった。
金がないから、満足に食べることができない。1日の食費をいかに抑えるかが問題で、1日1食〜2食、ホカ弁などで500円程度が限度。500円でも月に1万5千円が食費となり、収入が10万あっても、家賃・光熱費などを考慮すれば、かなり厳しい経済状態だ。
そのため、私は激やせした(^^;)。
アニメーターになる前は、田舎の地元で普通にサラリーマンをしていたが、75キロくらいだった体重が65キロまで落ちた。
ダイエットしたかったら、どん底の貧乏をすればいいという結果だ。
ちなみに、現在は10キロオーバーの85キロ(^^;)。食うのには困っていないからだ。
食うのには困っていないのだが、1日1食というのは、今でも習慣として残っている。
仕事の忙しさという点では、下請けのグラフィック・デザイナーも同じなのだ。
どの業種にも、収入格差のピラミッドは存在する。
いちおう、ある程度の収入は得ているが、デザイナー業界の底辺にいるのが現状だ。
世の中に出回っている出版物や広告を作っているのが、いわゆるデザイナーだが、それも大手の出版社や広告代理店から、下請けのデザイン会社へと仕事が発注される。デザイン会社にも大手と小さな会社があり、孫請け、ひ孫請けとピラミッドを構成している。
私のいる会社は、そうした下請けの小さな会社なのだ。
当然、下請けの得る報酬は少ない。
結果、そこにいるデザイナーの賃金も安い。
そして、ここが肝心だが、下請けに回される仕事というのは、重要度が低いということだ。つまり、誰が(どこの会社が)やっても、大勢に影響がないものだということ。ヒット商品やベストセラーになるような出版物の仕事が、下請けに回ったりはしないのだ。そうした重要度の高い、注目される仕事は、有名デザイナーや大手デザイン会社が自ら手がけるからだ。
廉価な商品や、目立つことのない出版物といえども、誰かがその仕事をこなしている。消費者は、そんなことを気にすることなく購入するだろう。
それはアニメの動画の1カットを、誰が描いたかなんて気にしないのと同じだ。
誰かが仕事をしているのだが、誰がしようと関係ない。
かつて、ルパン3世やキャッツアイの動画を描いたが、自分でもどのシーンを描いたのか覚えていない。それは私でなくても、誰かが描いたものだし、私である必要はなかった。
ちなみに、エンディング・クレジットに動画として登場する名前は、ごく一部の人だけである。たいていは部下を何人か持つチーフの名前だけで、名前すら出てこない動画マンがその下に5〜6人はいる。
アニメーターもデザイナーも、「クリエイティブな仕事」として見られるが、果たして本当にクリエイティブかどうかは疑問だ。
注目されるのは、ごく一部の人たちだけであり、その人たちはクリエイターだし高収入だ。とはいえ、その一握り人たちだけで、作品や商品ができるわけでもない。底辺を支える、低賃金でクリエイターとは呼ばれない下働きがいるのだ。
私は仕事は真面目にやる方だが、現在の仕事に熱意があるかといえば、あまりないというのが正直なところだ。
その仕事は、私でなくても誰かがやる仕事だからだ。
クリエイティブな仕事や達成感のある仕事をしたいと思ったら、ピラミッドのトップに立つしかない。だが、それは簡単なことではないことも現実。
もっと達成感のある仕事をしたいものだ。
私にしかできない仕事……、つまり、私の名前が出る仕事が、本当の意味でのクリエイティブな仕事なのだと思う。
フリーでデザイナーをやっていた頃は、まだよかった。いくつかの出版物に、デザイナーとして私の名前が出ていたからだ。だが、フリーを続けていくことは難しかった。安定した収入を確保できなかったのだ。会社勤めに戻ったのは、経済的な理由からだ。
なんだが、愚痴ってしまった(^^;)
余談だが、私の名前が出ている書籍を今でも購入できる。
イラストレーターとしての名前「安部ひろみ」名義である。
以下がそれ。
ルネサンスへ飛んだ男
占術―命・卜・相また、「神羅万送デリバリア」こやま基夫(FlexComix ブラッド掲載)のロゴデザインもやった。これは作家と担当編集者が友人なので、個人的に受けた仕事だった(^^)。
(04:50)
2006年12月03日
またまた、というか、性懲りもなく猫が増えた(^^)。
その発端は、妻がやっているミクシーで、大量の捨て猫を保護した動物病院の人と、その友人たちが、里親を募集していたからだった。
こちら↓
「ノアどうぶつ病院」
詳しい経緯は、ミクシーに書かれているのだが、概略は以下のようなこと。
11月29日、動物病院の前で、猫が段ボール箱の4箱に、ぎゅう詰めにされ、ガムテープで封印された状態で発見された。
中には、生後1ヶ月〜6ヶ月の子猫たちと親猫らしき成猫2匹、合計25匹が入っていた。
直後、捨てた人から病院に、捨てたことを連絡してきた。
その後、里親募集に立ち上がった病院の友人が、ミクシーで呼びかけ、私たちを始めとして、多くの人が駆けつけた。
……というようなことだ。
ミクシーの書き込みを見てすぐ、うちでも1匹引き取ってやろうと即断した。
捨て方があまりに酷く、怒りを覚えたからだ。
殺さないだけマシだが、捨てたヤツの人間性を疑った。
これじゃ、子猫殺し直木賞作家と大差ないではないか。
段ボール箱は、完全に密封されていて、空気穴もなく、開けるのにも苦労するほどぐるぐる巻きだったそうだ。
暑い夏だったら、蒸し焼きになって、死んでいたかもしれない。
そして、昨日の土曜日。
妻とともに、子猫をもらいに行った。
場所は、横須賀の先の衣笠駅から、車で数十分のところ。
池袋から湘南新宿ライン・逗子行き乗り、終点まで行って横須賀線に乗り換え。
湘南新宿ラインは、いつも通勤で乗っている電車だ。天気のいい日などは、この電車で終点まで行きたいなー……などと思ってしまう。行ったことはなかったからだ。
はからずも、その夢想が実現することとなった。
普段乗っている通勤電車だが、大崎から先は、様子も違ってくる。
駅の間隔が長くなり、留まる駅も少なくなる。視界からビルが少なくなり、やがて雑木林の丘が見えるようになる。
その風景は、実家のある田舎のようだった。
視界に山があると、妙に安心する。
空気も変わり、土の匂いがするようになる。
横須賀あたりになると、かすかな潮の香りも加わった。
ふっと、望郷の想いがつのる。もう、10年くらい実家には帰っていないからだ。
2時間ほど電車に乗って、最寄り駅の衣笠駅に到着。
そこからタクシーに乗って、ノアどうぶつ病院へ。車中から病院に、駅について向かっていると電話した。
車からの風景が、また故郷を彷彿とさせる。
アップダウンのある道と、周囲に広がる雑木林。木々は色づき始めていた。
そんな雑木林は、私の子供の頃の遊び場所だったのだ。
人里離れた……といっては失礼だが、人家がまばらなところに病院はあった。
車がないと生活できない環境だ。それは私の実家も同じだった。
小さな動物病院だった。聞けば、獣医師の先生とその奥さんがやっている病院だという。
ドアをくぐり、自己紹介。
病院内は人でいっぱいだった。診察に来ている人と、里親募集関係の人たちとで、ごった返していた。
奥の部屋にいるという、話題の猫たちと対面した。
そして、ホームページの写真で見ていて、うちの子にしたいと思った、候補猫と会う。それが、前述のノアどうぶつ病院のページにある、「男の子 のらくろ柄」だった。
妻がその子を抱いた。

愛らしい顔をした、物怖じしない子だった。
捨てられた猫たちは、みな人慣れしていて、どの子も甘えん坊だったそうだ。
毛並みも汚れてなくて、ある程度清潔にされていたという。だから、捨てたとはいえ、それなりに面倒は見ていたのだ。
一緒に捨てられた親猫に対して、子猫の数が多すぎるので、まだ相当数猫がいたのではないかというのが、拾った病院の人たちの推測だった。
猫との対面を済ませ、先生に猫エイズと白血病の検査をしてもらった。しかし、子猫であるため血管が細く、採血するのがうまくいかずに、先生も苦労していた。
先生は若い人だった。ちょっと優しすぎるところがあるようで、猫を押さえつけていることが苦手なようだった。
2時間ほど病院にいて、帰路につく。猫を入れるためのキャリーは、自宅から持ってきていた。
帰りは先生の奥さんが、駅まで車で送ってくれた。
奥さんに、大量の捨て猫を拾った経緯を聞いた。
そのときは怒り心頭だったという。パニックにもなったそうだ。
しかし、ミクシーをしていた友人のお陰で、たくさんの里親が見つかって、とても感謝しているとも。
帰りの電車では、うとうとと半分寝ていた。
さすがに疲れていた。
自宅に着いて、まず新入りをしばらく隔離しておくために、2つあるケージの1つを空ける。このケージには、預かり猫のグミと、まだ人慣れしていない新入りのジジが、それぞれに入っていた。
グミは大食漢で、食べ放題状態の猫エサの皿から、バクバクとなくなるまで食べてしまうので、食事制限するために入れてあった。他の猫たちは、食べ放題でもがっついて食べたりしないのだ。
ジジは、いまだに臆病で、出したままにしておくと、姿を隠したままになってしまう。まだ予防注射もしていないし、去勢もしていないので、避妊手術をしていない♀猫のタマコがいることもあって隔離してある。
グミとジジを一緒のケージに入れて、空いた方に新入りを入れた。
グミとジジは仲良しになっていて、一緒に寝たりしているから大丈夫なのだ。
帰りの電車でも、名前をどうしようかと話し合っていた。
私がいろいろと思いつきで名前をいうが、妻が却下する(^^;)。
しかし結局、私の案の一つに決まった。
それが「カール」
尻尾がくるっとカールしていたからだ。
その様子がわかる写真がこれ。

ムービーとして撮った場面の切り出しなので、画像は荒い。
そんなわけでわが家では、ただいま11匹の猫たちとなった(^^)。
子猫が来ると、世話は大変だが、楽しみも増えるのだ。
その発端は、妻がやっているミクシーで、大量の捨て猫を保護した動物病院の人と、その友人たちが、里親を募集していたからだった。
こちら↓
「ノアどうぶつ病院」
詳しい経緯は、ミクシーに書かれているのだが、概略は以下のようなこと。
11月29日、動物病院の前で、猫が段ボール箱の4箱に、ぎゅう詰めにされ、ガムテープで封印された状態で発見された。
中には、生後1ヶ月〜6ヶ月の子猫たちと親猫らしき成猫2匹、合計25匹が入っていた。
直後、捨てた人から病院に、捨てたことを連絡してきた。
その後、里親募集に立ち上がった病院の友人が、ミクシーで呼びかけ、私たちを始めとして、多くの人が駆けつけた。
……というようなことだ。
ミクシーの書き込みを見てすぐ、うちでも1匹引き取ってやろうと即断した。
捨て方があまりに酷く、怒りを覚えたからだ。
殺さないだけマシだが、捨てたヤツの人間性を疑った。
これじゃ、子猫殺し直木賞作家と大差ないではないか。
段ボール箱は、完全に密封されていて、空気穴もなく、開けるのにも苦労するほどぐるぐる巻きだったそうだ。
暑い夏だったら、蒸し焼きになって、死んでいたかもしれない。
そして、昨日の土曜日。
妻とともに、子猫をもらいに行った。
場所は、横須賀の先の衣笠駅から、車で数十分のところ。
池袋から湘南新宿ライン・逗子行き乗り、終点まで行って横須賀線に乗り換え。
湘南新宿ラインは、いつも通勤で乗っている電車だ。天気のいい日などは、この電車で終点まで行きたいなー……などと思ってしまう。行ったことはなかったからだ。
はからずも、その夢想が実現することとなった。
普段乗っている通勤電車だが、大崎から先は、様子も違ってくる。
駅の間隔が長くなり、留まる駅も少なくなる。視界からビルが少なくなり、やがて雑木林の丘が見えるようになる。
その風景は、実家のある田舎のようだった。
視界に山があると、妙に安心する。
空気も変わり、土の匂いがするようになる。
横須賀あたりになると、かすかな潮の香りも加わった。
ふっと、望郷の想いがつのる。もう、10年くらい実家には帰っていないからだ。
2時間ほど電車に乗って、最寄り駅の衣笠駅に到着。
そこからタクシーに乗って、ノアどうぶつ病院へ。車中から病院に、駅について向かっていると電話した。
車からの風景が、また故郷を彷彿とさせる。
アップダウンのある道と、周囲に広がる雑木林。木々は色づき始めていた。
そんな雑木林は、私の子供の頃の遊び場所だったのだ。
人里離れた……といっては失礼だが、人家がまばらなところに病院はあった。
車がないと生活できない環境だ。それは私の実家も同じだった。
小さな動物病院だった。聞けば、獣医師の先生とその奥さんがやっている病院だという。
ドアをくぐり、自己紹介。
病院内は人でいっぱいだった。診察に来ている人と、里親募集関係の人たちとで、ごった返していた。
奥の部屋にいるという、話題の猫たちと対面した。
そして、ホームページの写真で見ていて、うちの子にしたいと思った、候補猫と会う。それが、前述のノアどうぶつ病院のページにある、「男の子 のらくろ柄」だった。
妻がその子を抱いた。

愛らしい顔をした、物怖じしない子だった。
捨てられた猫たちは、みな人慣れしていて、どの子も甘えん坊だったそうだ。
毛並みも汚れてなくて、ある程度清潔にされていたという。だから、捨てたとはいえ、それなりに面倒は見ていたのだ。
一緒に捨てられた親猫に対して、子猫の数が多すぎるので、まだ相当数猫がいたのではないかというのが、拾った病院の人たちの推測だった。
猫との対面を済ませ、先生に猫エイズと白血病の検査をしてもらった。しかし、子猫であるため血管が細く、採血するのがうまくいかずに、先生も苦労していた。
先生は若い人だった。ちょっと優しすぎるところがあるようで、猫を押さえつけていることが苦手なようだった。
2時間ほど病院にいて、帰路につく。猫を入れるためのキャリーは、自宅から持ってきていた。
帰りは先生の奥さんが、駅まで車で送ってくれた。
奥さんに、大量の捨て猫を拾った経緯を聞いた。
そのときは怒り心頭だったという。パニックにもなったそうだ。
しかし、ミクシーをしていた友人のお陰で、たくさんの里親が見つかって、とても感謝しているとも。
帰りの電車では、うとうとと半分寝ていた。
さすがに疲れていた。
自宅に着いて、まず新入りをしばらく隔離しておくために、2つあるケージの1つを空ける。このケージには、預かり猫のグミと、まだ人慣れしていない新入りのジジが、それぞれに入っていた。
グミは大食漢で、食べ放題状態の猫エサの皿から、バクバクとなくなるまで食べてしまうので、食事制限するために入れてあった。他の猫たちは、食べ放題でもがっついて食べたりしないのだ。
ジジは、いまだに臆病で、出したままにしておくと、姿を隠したままになってしまう。まだ予防注射もしていないし、去勢もしていないので、避妊手術をしていない♀猫のタマコがいることもあって隔離してある。
グミとジジを一緒のケージに入れて、空いた方に新入りを入れた。
グミとジジは仲良しになっていて、一緒に寝たりしているから大丈夫なのだ。
帰りの電車でも、名前をどうしようかと話し合っていた。
私がいろいろと思いつきで名前をいうが、妻が却下する(^^;)。
しかし結局、私の案の一つに決まった。
それが「カール」
尻尾がくるっとカールしていたからだ。
その様子がわかる写真がこれ。

ムービーとして撮った場面の切り出しなので、画像は荒い。
そんなわけでわが家では、ただいま11匹の猫たちとなった(^^)。
子猫が来ると、世話は大変だが、楽しみも増えるのだ。
(13:04)









